2008年5月アーカイブ

 従来転写の調節にはPol IIが転写開始点に動員される効率が律速段階と考えられていたが、近年のFootprint法やPol IIに対する抗体を用いた免疫沈降の結果によれば、Pol IIは転写が活発になる前既に転写開始点に位置して、Preinitiation complexを作っていることが明らかになった。さらに転写が一旦始まったとしても少し下流に移動したところに留まって、不完全な転写 (Abortive transcription)によって短い転写産物を生成するばかりで有効な転写が実現しない。どの当たりでPol IIが留まっているか現在研究が続いているが、転写開始点の+50塩基程度で留まるのか数千塩基まで下っているのかまだ明らかになっていない。一般に Promoter-proximal pausingと呼ばれるこの停留現象には、二つの促進因子がしられており、一つはnegative elongation factor (NELF)、もう一つはDRB sensitivity-inducing facctor (DSIF)である。一方このPausingを解除してproductive elongationに向かわせるために役立っているのがpositive transcription elongation factor b (P-TEFb)である(詳細は "Poised RNA Polymerase II Gives Pause for Thought", by Thanasis Margaritis1 and Frank C.P. Holstege, Cell, vol. 133, p581参照)。

 P-TEFbはCDK9 kinaseとcyclin T1の二つのコンポーネントから形成されており、Pol IIのcarboxyterminal domain (CTD)をリン酸化してPol IIを活性化すると考えられている。Montanuyらは Promoter Influences Transcription Elongation TATA-BOX ELEMENT MEDIATES THE ASSEMBLY OF PROCESSIVE TRANSCRIPTION COMPLEXES RESPONSIVE TO CYCLIN-DEPENDENT KINASE 9, JBC, vol. 283, p. 7368)において、このCDK9を含む複合体がTATA boxを介して集合していることを無細胞転写系を用いた実験によって明らかにしている。promoter-proximal pausingが既知の HIV-1とc-mycの二つの遺伝子由来のプロモーターと、下流にGuanineを欠いているためにRNaseによって分解されない産物をコードする領 域を二つ(上流に短い産物、下流に長い産物をおき、それぞれの分子数の比を計算してelongation efficiencyとする)結合したコンストラクトを用いて、彼らはまずTat protein (HIV-1の転写産物の5'端にあるtrans-activatiton response element (TAR)に結合して転写を促進する蛋白)が有効な転写の進展(elongation)に必要であること、これがP-TEFbに依存していること、さらに P-TEFbがPICに存在していることを示した。さらにP-TEFbがPICにあることをChIPによって確認したのち、種々のdeletion mutant LUC reporter systemを用いて、TATA配列がこのelongationに大切であることを明らかにした。

 従来HIV-1, c-myc遺伝子において、Pol IIが転写開始点から少し下流に移動した所に留まっていることは知られていたが、これがelongationに至るためには、TATA配列に集まってきた Tat蛋白が、P-TEFbを動員し、これがPol IIをリン酸化するプロセスが必要であることが判ってきた。今後は、他の遺伝子でもまだ知られていないelongationのメカニズムが明らかにされて 行くと考えられる。

 Pol IIのpausingを示唆するデータは、考えようによっては絶えずアイドリングしているPol IIが脱落するポイントを仮定することによっても説明が可能で、従来そこをcheck pointと呼んでその存在が予想されている。しかしこの現象を観察するには非常に時間分解能の高い実験系が必要であり、いままでこれを明らかにした報告 はない。転写調節機構の研究において今後最も進展が期待される領域の一つである。
(和田洋一郎)

-Nunez et al. Cell, Vol 132, 996-1010, 21 March 2008
"Hormone-Induced Chromosome Kissing" と題し、FISH(*1)の輝く星空のもと、ロマンティック?な男女のシルエットがあしらわれているニクイ表紙です。
*1 Fluorescent In Situ Hybridization
題名が示す通り、キッスするのはホルモン(エストロゲン)に刺激された染色体。
・特定の相手と kiss をする
・kiss するとお互い active になる
・kiss するとともに、特定のスポットに移動
...といった営みが観測されるんだそうで。
言い換えますと:
・エストロゲン刺激によって発現が誘導される遺伝子群のうち、特定のペアの遺伝子が核内で近くに 寄っていき、それら遺伝子のlocus同士がくっついて "染色体のキス" の状態になる (論文中ではinterchromosomal interactionと表現)
・発現中 kissing が起きている状態と起きていない状態とを比べると、前者における発現の方がより アクティブになっている
・kissing している遺伝子ペアは、nuclear speckle と呼ばれる核内構造と共局在している
転写現象の可視化を非常にうまいことやってのけた仕事です。
まず、キスしていそうなペアをスクリーニングする作業を、著者らが開発した3Dなる方法でこなしています。 3Dは Deconvolution of DNA network by DSL (DNA Selection, Ligation)の略だそうで、3C(*2)で得た ligation産物のうち注目したいものを、エストロゲン刺激で発現が誘導される遺伝子のエンハンサー配列のビオチン付きオリゴで釣ってきて(DNA Selection)、その産物をTiling Arrayにかけることで誰がキスしているのかアタリをつける、というやり方。
*2 Chromosome Conformation Capture: 核内で位置的に近く存在している配列を検出する手法。
固定したクロマチンを制限酵素で切断したのちligaseを作用させることで、近接して存在している 配列同士だけをligation産物として得る。
そして、同定されたペアをひたすらにFISHで可視化。各種ファクターを阻害剤やRNAiでひとつひとつツブしてやることで、kissing現象に必要な因子が何であるかを検討しています。
・polII translocation, ERα, FoxA1, CBP, SRC, PBP → 邪魔してやるとkissが起きなくなる
・アクチン、ミオシンやダイニンを邪魔することによっても、kissが起きなくなる
・LSD1 → 邪魔してもkissは起きるが、speckleへの移動は起きなくなる
どうやら、kissingを起こすメカニズムにはnucleoskeletonが関与した能動的な力が寄与しているようです。
Nuclear speckle (interchromatin granule)は、splicing factorsやその他 転写機構に関わる因子のstorage siteとして認識されてきた構造だそうですが、単なるstorageではなく、複数遺伝子の転写の営みをhubにまとめて効率よく行うための "factory" としてdynamicに生滅するものなのかもしれません。
こういった巧みな協調的遺伝子制御の総体は、kiss-omeとでも言うべきでしょうか。
ひとえにkissと言っても、kissの相手が特定のもの/相手が不特定多数のもの/kissする相手がいないもの、...など色んな性格の遺伝子がありそうな?
(Kazuki Yamamoto)
(i) Highly integrated single-base resolution maps of the epigenome in Arabidopsis.
-Lister et al. Cell. 2008 May 2;133(3):523-36.
(ii) The transcriptional landscape of the yeast genome defined by RNA sequencing.
-Nagalakshmi et al. Science. 2008 Jun 6;320(5881):1344-9.
(iii) Dynamic repertoire of a eukaryotic transcriptome surveyed at single-nucleotide resolution.
-Wilhelm et al. Nature. 2008 May 18.

*1 高速シーケンサでRNA一本一本の配列を読んでしまう力技。
(i) Arabidopsisを対象に、cytosine methylome (MethylC-Seq), transcriptome (mRNA-Seq),
small RNA transcriptome (smRNA-Seq)を解析した論文。
(ii) Budding yeastのtranscriptomeをRNA-Seqで見た論文。
(iii) Fission yeastのtranscriptomeをRNA-Seqで見た論文。

(ii)・(iii)は対象が酵母。酵母のゲノムサイズは12~14Mbp程度で、Gbp単位で配列を読める高速シーケンサーを用いてしまえば、一塩基レベルの解像度に加え定量性(*2)も備えたゲノムワイド(*3)なtranscriptomeのデータが取得可能。

*2 マイクロアレイの場合は蛍光強度でRNAを定量しますが、RNA-Seqの場合、"配列として読まれた
回数" がRNA量に相当するデータとなります。Tiling arrayなどと比べても、RNA-Seqはより低ノイズ・高感度・高解像度な情報を得ることができている模様です。
*3 アレイの場合はプローブ設計していない部分のことは何も分かりませんが、転写産物の配列そのものを読んでしまえば設計の有無のような心配はありません。
RNA-Seqによって同定された新発見のtranscriptsも多く、実は酵母のゲノムの大半((ii)では約75%、(iii)では90%以上)は多かれ少なかれ転写を受けている、というのが(ii)・(iii)で共通に得られている知見のようです。(*4)
non-coding領域が秘めている機能性がうかがわれます。
*4 配列の解読が30~40bpのshort reads から成るというSolexaの性質上、ゲノム上でリピートされている配列は1ヶ所にマッピングしづらいため、対象をnonrepetitive sequenceに限った解析です。
また、転写産物がどこから始まってどこで終わっているかもキレ良く見えるので、untranslated region (UTR)やsplicingの切れ目なども つぶさに観察可能なようです。
(iii)の論文では spliced/unspliced transcriptsの比較から、"発現量とsplicing効率は正の相関をする" といったデータも示されており、転写機構とsplicing機構の連動が示唆されています。
一方、Arabidopsis(ゲノムサイズ119Mbp)の epigenome を扱った(i)の論文は、mRNAやsmRNAのRNA-Seqのほか、Bisulfite Sequencing(*5)とSolexaを組み合わせたMethyl-Cytosine-Seqもやりおおせています。
Solexaを仕様外のサイクル数(49~56 cycles)回してsequencing depthを上げたりと、この著者らは相当Solexaを使い込んでいそうな雰囲気。
*5 DNAをsodium bisulfite処理すると、メチル化されていないシトシンはウラシルに変換されるがメチル化されているシトシンはシトシンのまま残るのを利用して、配列解読と合わせメチル化状況を同定する。
MeDIP (Methylated DNA ImmunoPrecipitation)もしくは mCIP (methyl-Cytosine ImmunoPrecipitation)と呼ばれる免疫沈降法によるメチル化マッピングよりも、bisulfiteとSolexaのコンボの方が高解像 度。
Seqデータの可視化ツールも早速用意されていて、次のURLで見られるようになっています。 http://neomorph.salk.edu/epigenome/ (※ Firefoxでないと見られないようです)Ajaxな感じのインターフェースで、Web 2.0 Technologyと称して自慢げに紹介されています。開発期間はどのくらいなのでしょうか。仕事が速いです。 ...と、この文を書いている間にも今度はmammalianでのRNA-Seqの仕事が報告されていたり。 Mapping and Quantifying Mammalian Transcriptomes by RNA-Seq
-Mortazavi et al. Nature Methods. 2008 May 30.
(RNA-Seq解析パッケージ: http://woldlab.caltech.edu/rnaseq/)
"速読" ができないとキビシイ世の中?
(Kazuki Yamamoto)
ヒストン修飾と転写活性の関係を ChIP-chip で見た論文。
Monoubiquitinated H2B (ubH2B)には今まで良い抗体が無かったそうで、まず著者らが作製した抗ubH2Bモノクローナル抗体の話から始まります。H2Bと ubiquitinの結合部分を分枝ペプチドとして合成し、それで免疫を行ったのが功を奏したとのこと。
実験は、HCT116(ヒト大腸癌cell line)の培養細胞を
・通常のexpression microarray
・著者らが作製した抗ubH2B抗体でChIP-chip (*1)
・抗H3K4me2抗体でChIP-chip (*1)
これらの解析(*2)にかけ、遺伝子発現とヒストン修飾状況の関係を調べた、というもの。
*1 TSS(転写開始点)上流7.5kb と TSS下流2.45kb をカバーした promoter tiling array を使用。
*2 TSSを基点としたポジションごとに、そのポジションでの修飾度(ChIPのシグナル)と発現値とのピアソン相関係数を計算(発現データが取れた16,101遺伝子分のデータを使用)しグラフ化。
その結果、
・TSS下流の転写領域におけるH2B ubiquitinationは発現上昇に寄与するが、TSS上流のubH2Bはあまり発現量に寄与しない
・H3K4me2は、TSS上流1kbおよび下流1kb周辺において特に発現上昇に寄与する
というパターンが観測されています。個別の遺伝子別に見ると、発現が高い遺伝子のヒストン修飾パターンは *2のグラフの形に近いという傾向があるようです。
transcribed region の ubH2B修飾が発現量と相関していることから、著者らはpromoterでのinitiationよりむしろelongationが高発現のための律速段階になっている、という概念を支持。
以上は定常状態にある細胞を用いた実験の話ですが、次に著者らはH2B ubiquitinationがどういった時間経過で付け外しされるのかを調べる実験をしています。
対象はp53によって発現が誘導されるp21で、p53の温度感受性変異(*3)をもつH1299-tsp53細胞を用いて温度変化によって人為的にp53を活性化/不活性化し、それに伴ったp21遺伝子のヒストン修飾および転写活性の時間変化を観測。
*3 37℃では不活性な状態にあり、32℃で活性化された状態になるp53。
すると、
p53活性化から30分程度でH2B ubiquitinationが起こると共にpol IIがrecruitされる
→ その後を追う形で p21 mRNA量が上がってくる
→ 活性化後150分のところで温度を変えp53を不活性化
→ 不活性化後60分程度の間にubH2Bのレベルは低下し、pol IIも離れる
という dynamic な修飾着脱現象が観察されました。
Epigenetic memoryと呼ばれるものとしては、世代を通じてlong-termに残るimprintingなどが有名ですが、このように転写の真っ最中に dynamicに付け外しされるubH2Bのような、epigenetic working memoryとでも称せそうなshort-termな修飾もあるんだ、ということで。
転写過程には、エンジンかける(転写開始)、アクセル踏む(転写効率アップ)、ブレーキ踏む(転写終息)、といったような他段階の制御があり (さらには、アイドリング(pausing)などなど?)、それらがcontextに応じて様々な修飾によって実現されている仕組み。
うまいことカスタム&チューンしてやりたいものです。
(Kazuki Yamamoto)

ヘテロクロマチンにおいては転写産物が少なく、ポリメラーゼIIによる転写があまり起こっていないと考えられていたが、マイクロアレイの結果から蛋白を コードしていない領域にも多くの転写が産物のあることが明らかになった。その産物は不安定で比較的早期に分解されることから、cryptic unstable transcript (CUT)と呼ばれる。本来のmRNAは転写された後に古典的なpoly (A) polymerase (PAP)によって80から200のアデニンを付加され、poly (A) binding protein (Pab)に導かれて安定なmRNAとなるのに対し、CUTと呼ばれて区別されるRNA産物はnon-canonical PAPであるTrf4p, RNA結合蛋白であるAir1p, Air2p、及びhelicaseと考えられているMtr4pからなるTRAMP複合体によってゆっくりとアデニル化を受け、その結果20から40個のア デニンが付加される。しかし、そのアデニンの数が少ないためか、通常のPabによって認識されることなく、逆に核のexosomeによって分解されること になる。

Vasiljevaらは、2008年1月にMolecular Cell誌に掲載された"Transcription Termination and RNA Degradation Contribute to Silencing of RNA Polymerase II Transcription within Heterochromatin"において酵母のヘテロクロマチンにおける転写が想像以上に活発であること、しかしその転写プロセスにおいて、3重の抑制 機構が働いて転写産物を少なくしていることを報告した。

出芽酵母のヘテロクロマチン領域にはribosomal RNAをコードしている領域に存在していて、従来転写を受けていないと考えられていたDNA領域"nontranscribed spacers (NTS)"があり、そこでは Sir 2によるヒストン脱アセチル化やSet1によるヒストンメチル化、Swi/Snfによるクロマチン構造変化という3重のバリアをのりこえて Pol IIによる転写が起こっており、上記のようなCUTが出来ている。

酵母において、Nrd1はPol IIのリン酸化部位に結合し、さらにRNA結合蛋白であるNab3やRNA helicaseであるSen1を動員することによってRNA Pol IIのterminationを促進して転写をelongation初期に終わらせるメカニズムが存在していており、このNrd1複合体はCUTの転写を 抑制するために重要である。

さらに酵母でこのように作られたCUTをexosome複合体が3'側から5'側に向かって分解する機序を有している。

著者らは、Sir2を抑えることに加えて、Nrd1, Nab3, Sen1の機能を抑制すると、NTSと呼ばれる領域の転写産物が目に見えて増加することを示した。さらに、Exosome複合体の重要なパーツである Rrp4やRrp6を抑えることによっても同様に転写産物が安定的に維持されることを示した。さらにChIPによってNrd1がPol IIの近くに存在していることを示し、これらのデータによって、酵母のヘテロクロマチン領域にあるNTSの転写抑制が、Sir2によるPol IIのアクセス抑制のみならず、Nrd1によるelongationの早期停止、exosomeによる転写産物の早期分解という3ステップからなることを 明らかにした。

さらに著者らは、本来必要とされていないNTSにおいてもなお転写が起こっている理由を明らかにするため、Nrd1を抑制して転写をさか んにしその領域のヒストン修飾を検討したところ、Pol IIが走った領域ではH3K4me3やH4(Ac)4といった修飾が増えていることを示した。さらに、その領域では遺伝子のrepeat間での recombinationが盛んになっていることから、NTSにおいて転写が進むことによって遺伝子の組み替え、コピー数の増加が導かれること、またそ の現象を抑制するためにも転写の制御が必要とされているのではないかと推論している。

我々はいままでほ乳類のヘテロクロマチン領域ではポリメラーゼがアクセスしにくい構造をとることによって転写が抑制されていると想像して いたが、今回示された酵母ケースのようにPol IIが想像以上に多くいて、その一方で転写の早期停止や産物の早期分解が起こっているのかもしれない。しかし、酵母と比べて桁違いに大きい遺伝子構造に は、単独のPol IIだけではなく、複数のPol IIを高度に組織化した転写ファクトリーの存在も考えられているので、その詳細な機序についてはほ乳類独自のメカニズムを想定しなければならないかもしれ ない。 (和田洋一郎)

 エピジェネティクス研究会は、近年のエピジェネティクス研究の潮流を受けて昨年に設立された新しい研究会で、さまざまな分野のエピジェネティクスの研究 者が一堂に会して意見交換を行うユニークな会である。第2回となる今年は、国立遺伝学研究所のある三島(静岡県)で開催され、13題の口演と88題のポス ター発表で活発な討論が行われた。先端研からは金田篤志准教授・永江玄太研究員・大学院生八木浩一氏・鄧穎氷氏が後述する4題の発表を行った。

 エピジェネティクス研究と一言でいえども、DNAメチル化、ヒストン修飾やクロマチン制御、small RNAなどさまざまであり、また、解析対象も酵母やショウジョウバエから高等植物・脊椎動物まで、多岐に及んでいる。

 DNAメチル化の網羅的解析では、MeDIP法(メチル化DNA免疫沈降法)を用いた発表がいくつかみられた。今年になって Arabidopsisにおいて次世代シークエンサーを用いたBSS法(Bisulfite Shotgun Sequencing)の論文も出てきているが、メチル化DNAの検出においてさまざまプラットフォームを用いた手法が模索されている。ヒトやマウスな ど、反復配列を含む大きなゲノムでの解析応用に対して大きな期待が寄せられていた。

 疾患のエピジェネティクスでは、癌のエピゲノム異常の発表が数多くある他、MeCP2変異で発症するRett症候群など精神疾患のエピ ジェネティクス異常の発表もあった。神経細胞分化では、DNAメチル化やヒストン修飾、バリアントヒストンのダイナミックな変化が遺伝子発現制御に密接に 関与しており、今後も注目されていくと思われる。

現在、新しい発見が続いているRNA分子によるクロマチン制御もトピックの一つであった。酵母のヘテロクロマチン内で転写されている non-coding RNAや、マウス精子形成においてPIWIファミリーに結合するpiRNAとde novoメチル化の関係について発表などがあった。

ポスター発表からのショートトークセッションでは、先端研と熊本大学の共同研究が進んでいるCTCFによる遺伝子発現制御の演題も選ばれていた。インスレータータンパクであるCTCFとクロモゾーム高次構造の関連が徐々に解明されつつあった。

先端研からの発表は以下の通り。

IGF2遺伝子LOIによる腸管腫瘍リスクと腫瘍リスク低減モデル(金田篤志)

H19 DMR欠失マウス(LOIマウス)ではApcMinマウスとの交配実験や発癌剤投与実験により腸管腫瘍発症のリスクが上昇していることが示され、さらに IGF2シグナル阻害剤の投与によってこのリスクが低減することが実証された。このモデルによって、エピゲノム異常IGF2 LOIに対するIGF2シグナル阻害が癌リスクの低減に有効であることを提唱。

肝癌におけるゲノム・エピゲノム異常の統合的解析(永江玄太)

MeDIP-chip法によるDNAメチル化の網羅的解析法を肝癌臨床検体に応用し、176の癌特異的メチル化候補遺伝子を選出している。さらに同 一検体における染色体コピー数解析とデータを統合し、ゲノム・エピゲノム異常の双方により機能的不活化を来たしている遺伝子を同定。

MassARRAYによる大腸癌の定量的メチル化解析(八木浩一)

大腸癌細胞株HCT116について、MeDIP-chip法および5Aza投与前後の発現解析を行い、60の異常メチル化遺伝子を抽出している。こ れらについて、質量分析器を用いたメチル化定量解析であるMassARRAY法で、大腸癌臨床検体74例、正常大腸粘膜9例および大腸癌細胞株5株のメチ ル化プロファイルを報告。

肝癌における異常メチル化にともった遺伝子発現抑制の網羅的解析(鄧穎氷)

肝癌細胞株Hep3Bを用いて、DNAメチル化の遺伝子発現抑制への寄与を解析している。MeDIP-chip法により異常メチル化遺伝子を網羅的に探索し、5Aza投与前後の発現解析との比較検討を報告。

CSH Genome & Biology会議(5月6~10日)

 Genome & Biology会議は毎年5月に開催され、2003年のヒトゲノム解読後この1、2年はgenetic variationとくにSNPおよびCNVの解析が主要なトピックとなっており、昨年は糖尿病やがんなど多因子性疾患についての関連遺伝子座の報告が目 立つものであった。それに対して、今年は殆どのトピックについて高速シーケンサーを用いた発表が非常に多いことが印象的であり、おそらく550人と云う史 上最高の参加者を記録した。

 4/29に国際がんゲノムシーケンシンングコンソーシウムの発表が行われたこともあり、最初のセッションはがんゲノムシーケンシングに ついてであった。SangerセンターおよびBroad研究所などから、肺がんおよび乳がん細胞株のシーケンシング解析からは染色体のリアレンジメントの 検出が報告された。全ゲノムをショットガンシーケンシングするコストが未だ高いこともあり、特定の領域を選択的にシーケンシングする手法の開発などが目に ついた。200塩基(170+アダプター15x2)のオリゴをアレイ上で合成したのち、アレイから分離したオリゴプールをcaptureに用いるものであ る。

 Copy number variationやシーケンシングデータに基づく比較ゲノム学からも多くの発表が行われた。これまでの技術はdiscoveryであり、関連解析に用い るには正確なgenotypeを網羅的に行う技術の開発が必要と思われる。コピー数についてはde novo変異が報告されているが、世代間のヒトゲノムの安定性についても今後理解が進むと期待される。

 High throughput biologyのセッションでは高速シーケンサーを用いた新たな解析法の報告が行われた。ペアエンドの配列決定はスプライシングやゲノム異常の検出に必須 であることから、ライブラリー作成に関する手法が報告された。Epigenomicsに関する技術としてはメチル化検出について、bisulfite処理 を用いたショットガンシーケンシングは高コストであることもあり、制限酵素を用いてCpGが豊富な配列を濃縮後、bisulfiteシーケンシングする手 法がBroad研究所のグループ(Nussbaum)により報告された。90%程度のCpGアイランドをカバーでき、スループットも高いと考えられる。

 解析技術に加えて、ゲノム配列の機能解読が進んでいる。ヒトゲノム中の蛋白をコードする遺伝子数は2万あまりと考えられる一方、ゲノム上の転写活性領域に注目したあらたなnon-coding RNAのクラスについても報告された。

ジャンクと思われていたAluやLINEなどの繰り返し配列、トランスポゾンがインスレーターを含む新たな転写調節機能を獲得する際に大き な役割を担っていることが印象づけられた。ChIP-seqやゲノム構造多型に関する機能配列情報が今後加速的に増加していくことが予想され、配列レベル の情報処理への対応がボトルネックになるであろう。

 ELSIのセッションはパーソナルゲノムをビジネスとして打ち出している3社(23andMe, Navigenics, deCODE)を交えたパネルディスカッションが行われ、情報のセキュリティ、解析結果の解釈、被検者への情報提供についての慎重論も目立った。

 ゲストスピーカーの一人(Michael )はショウジョウバエ発生に関する3つの転写因子のChIP-chip解析を中心にしたものであった。個別遺伝子を対象としていた転写あるいは発生の研究 者が一気にゲノム技術を取り入れていることがあらためて印象づけられた。ゲノム学の研究者に対する啓蒙を含んだ講演であったとは思われるが、クロマチン構 造にまで踏み込んだものではなかった。

 もう一人はゲノム進化に関する講演であった。

 多くの発表はしばらくの期間はネットを介しstreamingで閲覧できるので、希望に応じてfloor meetingなどの際に紹介したい。

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