ESCUTにおける世界トップの抗体作成プロジェクト

ネイティブ分子を認識する高アフィニティー抗体の系統的作成

 エピゲノムはDNAに結合するヒストンやDNAおよびヒストンのメチル化など修飾をになう核内タンパク質との相互作用が鍵となる。時々刻々と変化してい くエピゲノムの解析には結合しているタンパク質を抗体で免疫分離し、結合している核酸の配列を決定するクロマチン免疫沈降(ChIP)解析が有用である。 さらにメチル化シトシンの集積部位を分離する抗体も有用である。
 このため、核内のタンパク質や、メチル化シトシンと高いアフィニティーで結合し、分離に使用できる抗体を系統的に作ることが必要である。東京大学先端科 学技術研究センターは、ミレニアム計画以来、ヒトタンパク質への機能性モノクロナル抗体を系統的に作成中であり、すでに48種の核内受容体を始めとして 300種類のヒトタンパク質へのモノクロナル抗体を作成しており、これを用いて世界に類のない規模での全ゲノム上でのエピゲノム解析が可能となっている。 2008年からは超高速シークエンサーが稼働し、ChIP by sequenceでの更に詳細な解析が可能となっている。
 シグナリングの解析には細胞膜上の外部環境を認識する受容体タンパク質を同定する抗体、シグナル伝達タンパク質への抗体が鍵となる。そして、そのシグナ ルが核内へ伝わり機能する核内の複合体を認識できる機能性抗体が重要である。膜タンパク質への抗体作成は従来、困難とされてきたが、近年、発芽型バキュロ ウィルス発現系を用いた免疫法や遺伝子銃を用いたDNA免疫により膜タンパク質への抗体作成技術が進歩しつつある。
 エピゲノム・シグナリング拠点ではこれら抗体作成国家プロジェクトとリンクして、モノクロナル抗体の系統的な作成を更に強化する予定である。


核と膜のタンパク質への高アフィニティー抗体によるエピゲノミクスとシグナリングの解析

 ESCUTの研究グループではミレニアム計画以来、我が国における抗体産生の中心拠点として年間100種類に迫る抗原のモノクロナル抗体を作成してきて いる。この中には48種類のヒトゲノム上全ての核内受容体への抗体や、抗体作成の極めて困難とされてきたG蛋白質共役型受容体への抗体も産生されている。  すでに100種類に近い核内タンパク質へのモノクロナル抗体が作成されており、これらを用いて、核内の複合体の解析とエピゲノム変化の解析が行われてい る。ESCUTでは低吸着のノイズの少ない磁気ビーズでのタンパク質複合体の免疫分離を進めている。特に核内受容体では10cmディッシュ1枚から、核内 受容体の100種類以上の結合タンパク質を同定に成功した例もうまれている。  一方、膜からのシグナリングの解析にもモノクロナル抗体は大きな役割を果たしている。G蛋白質共役型受容体への抗体作成ではがん細胞に発現している新規 の受容体への抗体の作成や、アルツハイマー病の原因となるガンマセクレターゼの構成タンパク質へのモノクロナル抗体の作成も進んで、大きな成果をあげてい る。  膜から核へのシグナリングと核内の複合体のプロテオミクス、そしてタンパク質と核酸の相互作用によるエピゲノミクスの変化まで研究できる拠点形成を目指 している。


ゲノム抗体創薬プロジェクトを担う

 ヒトゲノム解読から、DNAマイクロアレーを用いて2万5千のヒト遺伝子が、がんや動脈硬化の病変部の細胞で、どのように発現しているかを系統的に測定 できるようになってきた。そこで、がん細胞や動脈硬化の病巣で発現しているタンパク質に対して、モノクロナル抗体を作成し、病気の診断と治療に役立てよう とする「ゲノム抗体創薬」にかかわる産官学病院の連携による国家プロジェクトがミレニアム計画から進められてきた。
(1)がん細胞表面への抗体  油谷教授を中心に、肝臓がん、大腸がん、膵臓がん、腎臓がんなどに高く発現する遺伝子を同定し、そのタンパク質への抗体を産官学連携で20種類以上作成 し、診断と治療法に役立てることを進めている。そこでの鍵となるのは、タンパク質をきちんとした人体内に近い構造で作り、それを抗原に、機能の高いモノク ロナル抗体を系統的に作る技術である。
(2)抗原の新しい発現方法 BV技術   また先端研の浜窪教授の発明した発芽型バキュロウィルスを用いる発現系は、こうした条件に合致する方法で、これとノックアウトマウス、遺伝子銃による遺 伝子免疫などの最新技術を合わせて用いることにより、多数のがんの診断、治療抗体の作成に成功している。動物実験では、移植されたヒトがん細胞を免疫 PETで描出することに成功しているものもある。こうした抗体は、新領域の津本准教授とも連携研究で、人工的に改変され、コストを安く大量生産する方法も 開発されている。
(3)生活習慣病の正確な診断へ  また、心臓病の診断では、急性冠動脈症候群の診断にPTX3という新たなマーカーが順天堂大学 井上博士とベンチャー企業のペルセウスプロテオミクスの協力により開発され、胸痛で受診した患者さんの中で、いち早くインターベンションに進むべき患者さ んの同定に用いられようとしている。
(4)抗体によるがんの体外イメージング  肝臓がん細胞表面の抗原タンパク質TMP1へ作成された抗体は、Cu64で標識され、PETによる体外イメージングにも応用されている。こうして血液や イメージングによる診断と、治療を結びつけていくことにより従来困難であった、がんの再発、転移や、血管疾患に対して、有効率が高い治療法を経済的に開発 することが試みられている。