2008年5月30日

転写の調節にはRNA polymerase (Pol II)のリクルートだけではなく、転写開始点やもう少し下流の特定の部位にPol IIを止めるメカニズムが関与している

 従来転写の調節にはPol IIが転写開始点に動員される効率が律速段階と考えられていたが、近年のFootprint法やPol IIに対する抗体を用いた免疫沈降の結果によれば、Pol IIは転写が活発になる前既に転写開始点に位置して、Preinitiation complexを作っていることが明らかになった。さらに転写が一旦始まったとしても少し下流に移動したところに留まって、不完全な転写 (Abortive transcription)によって短い転写産物を生成するばかりで有効な転写が実現しない。どの当たりでPol IIが留まっているか現在研究が続いているが、転写開始点の+50塩基程度で留まるのか数千塩基まで下っているのかまだ明らかになっていない。一般に Promoter-proximal pausingと呼ばれるこの停留現象には、二つの促進因子がしられており、一つはnegative elongation factor (NELF)、もう一つはDRB sensitivity-inducing facctor (DSIF)である。一方このPausingを解除してproductive elongationに向かわせるために役立っているのがpositive transcription elongation factor b (P-TEFb)である(詳細は "Poised RNA Polymerase II Gives Pause for Thought", by Thanasis Margaritis1 and Frank C.P. Holstege, Cell, vol. 133, p581参照)。

 P-TEFbはCDK9 kinaseとcyclin T1の二つのコンポーネントから形成されており、Pol IIのcarboxyterminal domain (CTD)をリン酸化してPol IIを活性化すると考えられている。Montanuyらは Promoter Influences Transcription Elongation TATA-BOX ELEMENT MEDIATES THE ASSEMBLY OF PROCESSIVE TRANSCRIPTION COMPLEXES RESPONSIVE TO CYCLIN-DEPENDENT KINASE 9, JBC, vol. 283, p. 7368)において、このCDK9を含む複合体がTATA boxを介して集合していることを無細胞転写系を用いた実験によって明らかにしている。promoter-proximal pausingが既知の HIV-1とc-mycの二つの遺伝子由来のプロモーターと、下流にGuanineを欠いているためにRNaseによって分解されない産物をコードする領 域を二つ(上流に短い産物、下流に長い産物をおき、それぞれの分子数の比を計算してelongation efficiencyとする)結合したコンストラクトを用いて、彼らはまずTat protein (HIV-1の転写産物の5'端にあるtrans-activatiton response element (TAR)に結合して転写を促進する蛋白)が有効な転写の進展(elongation)に必要であること、これがP-TEFbに依存していること、さらに P-TEFbがPICに存在していることを示した。さらにP-TEFbがPICにあることをChIPによって確認したのち、種々のdeletion mutant LUC reporter systemを用いて、TATA配列がこのelongationに大切であることを明らかにした。

 従来HIV-1, c-myc遺伝子において、Pol IIが転写開始点から少し下流に移動した所に留まっていることは知られていたが、これがelongationに至るためには、TATA配列に集まってきた Tat蛋白が、P-TEFbを動員し、これがPol IIをリン酸化するプロセスが必要であることが判ってきた。今後は、他の遺伝子でもまだ知られていないelongationのメカニズムが明らかにされて 行くと考えられる。

 Pol IIのpausingを示唆するデータは、考えようによっては絶えずアイドリングしているPol IIが脱落するポイントを仮定することによっても説明が可能で、従来そこをcheck pointと呼んでその存在が予想されている。しかしこの現象を観察するには非常に時間分解能の高い実験系が必要であり、いままでこれを明らかにした報告 はない。転写調節機構の研究において今後最も進展が期待される領域の一つである。
(和田洋一郎)