2008年5月16日

酵母のヘテロクロマチンにはRNA Polymerase IIが無いわけではなくその伸長反応が早期に停止され転写産物が積極的に分解をうけるメカニズムがあって転写産物の生成が抑えられている。

ヘテロクロマチンにおいては転写産物が少なく、ポリメラーゼIIによる転写があまり起こっていないと考えられていたが、マイクロアレイの結果から蛋白を コードしていない領域にも多くの転写が産物のあることが明らかになった。その産物は不安定で比較的早期に分解されることから、cryptic unstable transcript (CUT)と呼ばれる。本来のmRNAは転写された後に古典的なpoly (A) polymerase (PAP)によって80から200のアデニンを付加され、poly (A) binding protein (Pab)に導かれて安定なmRNAとなるのに対し、CUTと呼ばれて区別されるRNA産物はnon-canonical PAPであるTrf4p, RNA結合蛋白であるAir1p, Air2p、及びhelicaseと考えられているMtr4pからなるTRAMP複合体によってゆっくりとアデニル化を受け、その結果20から40個のア デニンが付加される。しかし、そのアデニンの数が少ないためか、通常のPabによって認識されることなく、逆に核のexosomeによって分解されること になる。

Vasiljevaらは、2008年1月にMolecular Cell誌に掲載された"Transcription Termination and RNA Degradation Contribute to Silencing of RNA Polymerase II Transcription within Heterochromatin"において酵母のヘテロクロマチンにおける転写が想像以上に活発であること、しかしその転写プロセスにおいて、3重の抑制 機構が働いて転写産物を少なくしていることを報告した。

出芽酵母のヘテロクロマチン領域にはribosomal RNAをコードしている領域に存在していて、従来転写を受けていないと考えられていたDNA領域"nontranscribed spacers (NTS)"があり、そこでは Sir 2によるヒストン脱アセチル化やSet1によるヒストンメチル化、Swi/Snfによるクロマチン構造変化という3重のバリアをのりこえて Pol IIによる転写が起こっており、上記のようなCUTが出来ている。

酵母において、Nrd1はPol IIのリン酸化部位に結合し、さらにRNA結合蛋白であるNab3やRNA helicaseであるSen1を動員することによってRNA Pol IIのterminationを促進して転写をelongation初期に終わらせるメカニズムが存在していており、このNrd1複合体はCUTの転写を 抑制するために重要である。

さらに酵母でこのように作られたCUTをexosome複合体が3'側から5'側に向かって分解する機序を有している。

著者らは、Sir2を抑えることに加えて、Nrd1, Nab3, Sen1の機能を抑制すると、NTSと呼ばれる領域の転写産物が目に見えて増加することを示した。さらに、Exosome複合体の重要なパーツである Rrp4やRrp6を抑えることによっても同様に転写産物が安定的に維持されることを示した。さらにChIPによってNrd1がPol IIの近くに存在していることを示し、これらのデータによって、酵母のヘテロクロマチン領域にあるNTSの転写抑制が、Sir2によるPol IIのアクセス抑制のみならず、Nrd1によるelongationの早期停止、exosomeによる転写産物の早期分解という3ステップからなることを 明らかにした。

さらに著者らは、本来必要とされていないNTSにおいてもなお転写が起こっている理由を明らかにするため、Nrd1を抑制して転写をさか んにしその領域のヒストン修飾を検討したところ、Pol IIが走った領域ではH3K4me3やH4(Ac)4といった修飾が増えていることを示した。さらに、その領域では遺伝子のrepeat間での recombinationが盛んになっていることから、NTSにおいて転写が進むことによって遺伝子の組み替え、コピー数の増加が導かれること、またそ の現象を抑制するためにも転写の制御が必要とされているのではないかと推論している。

我々はいままでほ乳類のヘテロクロマチン領域ではポリメラーゼがアクセスしにくい構造をとることによって転写が抑制されていると想像して いたが、今回示された酵母ケースのようにPol IIが想像以上に多くいて、その一方で転写の早期停止や産物の早期分解が起こっているのかもしれない。しかし、酵母と比べて桁違いに大きい遺伝子構造に は、単独のPol IIだけではなく、複数のPol IIを高度に組織化した転写ファクトリーの存在も考えられているので、その詳細な機序についてはほ乳類独自のメカニズムを想定しなければならないかもしれ ない。 (和田洋一郎)