2009年9月アーカイブ

Genome-wide Mapping of HATs and HDACs Reveals Distinct Functions in Active and Inactive Genes

Zhibin Wang, Chongzhi Zang, Kairong Cui, Dustin E. Schones, Artem Barski, Weiqun Peng, and Keji Zhao

Cell 138, 1019-1031, September 4, 2009

 

Figure 1. All HATs Are Correlated with Gene Expression, Pol II, and Acetylation Levels

HATのうちhighly homologousでfunctionally redundantなCBP, p300はpromoter領域とenhancer領域に集積しており、ヒストンアセチル化レベル、Pol II集積レベル、および遺伝子発現レベルと相関していた。

さらにbromodomainをもっているPCAFも同様であった。

MYSTファミリーに属するMOF, Tip60も同様に分布していたが、gene bodyにも局在がある点で特徴を示した。

Figure 2. HDACs Are Positively Correlated with Gene Expression, Pol II Binding, and Acetylation Levels

クラスⅠのHDACである1,2,3のうち1と3はpromoter領域に多く局在したが、HDAC2とクラスⅡのHDAC6はpromoterのみならずgene bodyにも局在していた。特にHDAC6は従来細胞質内への局在が多いと考えられていたが、今回ゲノム上での結合が初めて確認された。

Figure 3. Tip60 and HDAC6 Are Recruited to Active Genes through Interaction with Phosphorylated RNA Polymerase II

酵母でHATはH3K3me3とchromodomainの相互作用を利用してactive geneに動員されることが知られているが、ほ乳類ではTip60はH3K3me3よりPol IIとの相関があった。実際に免疫沈降すると、Tip60の活性部位であるTRRAPもHDAC6もPol IIと共存していた。このことはHAT, HDACがPol II、特にリン酸化Pol IIを介した機構によって

Figure 4. Recruitment of Tip60 and HDAC6 by TCR Signaling Is Correlated with the Recruitment of RNA Pol II

T細胞をCD3, CD8の抗体で刺激すると、Tip60もHDAC6も活性化された遺伝子集積した。

Figure 5. Inhibition of HDAC Activities Leads to Further Increases of Acetylation Levels in Active Genes

HDAC阻害剤(TSAとButyrate)を使ってH3K9acとH4K16acをSolexaで観察するとアセチル化の増加が認められた。特にTSS周辺ではPol IIとHDAC6の集積がアセチル化とリンクしていた。

Figure 6. HATs and HDACs Function at Silent Genes Primed by H3K4 Methylation

 HDAC阻害剤を加えると、 FOSL1などのinactive geneでアセチル化が増えることがあるが、そこにはChIPシークによるHDACのシグナルはあまり高くなかった。これは、inactive geneの中にはアセチル化と脱アセチル化のサイクルが一過性かつ不安定に結合するHATとHDACによって絶え間なく起こっているグループがあることを示す。すなわちこれらの遺伝子群では、一過性のHAT結合によって遺伝子がpoised状態になっていること、一方で一過性のHDAC結合によって遺伝子がinactiveに保たれていることを示す。

 さらに、アセチル化を伴わないsilent geneをH3K4meの有無で分け、それぞれのグループでHDAC阻害剤によるアセチル化の割合を比べると、H3K4meを伴うpromoterでのアセチル化の割合が非常に高かったので、H3K4のメチル化がヒストンアセチル化効率を高めていることが判った。実際にMLLの主要サブユニットであるWDR5をノックダウンしてH3K4のメチル化を落とすと、アセチル化も起こりにくくなった。

 以上ヒストンアセチル化はH3K4のメチル化によってprimingされていることが示された。

Figure 7. HDACs Inhibit Pol II Binding to the Promoters Primed by H3K4 Methylation

primed gene ではHDAC阻害剤処理すると、H3K4メチル化が起こっている部位でのアセチル化増加にともなってPol II結合が増加した。つまり、Primed geneにおいてHDACの役割はPol II結合の抑制であって、elongation stepの抑制ではないと言える。

(和田洋一郎)

Protein methyltransferases as a target class for drug discovery

Protein methyltransferases as a target class for drug discovery
Nat. Rev. Drug Discov. 2009 (9) 724-732

Introduction
・同じゲノムを持つ細胞が分化するには、特定の遺伝子の転写調節が必要であり、この転写調節に関与するエピジェネティックな調節が細胞分化の決定のキーである。
・ヒストンとクロマチンの説明。(Fig1)
・遺伝子発現におけるエピジェネティックな制御・・・DNAのメチル化とヒストンの修飾
→DNAやヒストンの修飾因子が転写調節におけるエピジェネティックな制御のmediator
・多くの修飾酵素が同定され、活性のメカニズムや三次元構造がとられた。(Ref2,3)
DNMTs, PMTs, protein demethylases, HATs, HDACs, ubiquitin ligases, kinases
・HDACsやDNMTsには小分子の阻害剤がある。(Table1; 5-azacitidine, Decitabine, Vorinostat)他の修飾酵素でも阻害剤が作れるのでは?

PKMTs and PRMTs in human disease
・PKMTやPRMTは癌、炎症、神経変成疾患などに関与する。
・DOT1L以外のPKMTは130aaのSET domain(酵素の活性中心)を持つ。
・EZH2の活性には、PRC2の全構成因子が必要
・EZH2 or SUZ12の発現亢進・・・前立腺、乳、膀胱、大腸、皮膚、肝、子宮、肺、胃癌、リンパ腫、ミエローマ
・そのほかは(Table2)
・癌以外では、SETDB1がハンチントン病、PRMT4(CARM1)がmuscular atrophy
・SETD7、PRMT4、PRMT1は、NF-κB関連の炎症。
・SETD1Aはヘルペスウイルス、PRMT4はT lymphotrophicウイルスの感染に関与。

PMTs as a drug target class
・PKMTとPRMTには小分子の関与する共通の触媒反応メカニズムがある。(kinaseのように)
・PKMTsとPRMTsはSAMをメチル基のドナーとして、lysineやarginineの窒素原子にメチル基を付加する。(Fig.2)
・どのリジンに何個のメチル基を付加するか、という意味で基質特異的である。
・しかし、化学的なメカニズムの共通性から、一つのクラスとしてまとめて標的にすることで、効率的かつ経済的に薬剤の探索が可能であると考えられる。
・細胞質のタンパク質をメチル化する酵素もある。

Representation of PMTs in the human genome
・PMTの数を数えて、それぞれの関係性を理解するには、共通するSETドメインでアラインメントに注目する必要がある。
・2007年のCellでは24個のPKMTsが同定された。 (Ref29)
・これらは現在は7つのファミリーに分けられている。
SUV39、MLL、SET2(NSD)、RIZ(PRDM)、SMYD、EZH、SUV420、ファミリー以外としてothers(SETD7,8)、DOT1L
・52個のPKMTがヒトゲノムに存在するのではないか。(unpublished)現在HPRDには46個のSETタンパク質が登録されている。
・PRMTは8個が活性を確認されている。これらの間のアミノ酸の保存性は低い。GENEにはPRMT1~10、ただし4と9は欠番。
・10-50個のPRMTsが存在すると予測されている。
・PMT target classは創薬標的の探索において重要なpoolである。

The PMT active site
・触媒作用のメカニズムは共通である。
・どの酵素も二分子求核置換反応によるメチル基の転移を利用している。
・窒素原子の非共有電子対が求電子性のmethylsulphonic cationをアタックし、5価のcoordinate carbon transition stateを形成する。遷移状態は崩壊して、メチル基は窒素原子へ再配置され、SAHが産物として生成する。(Fig2)
・自然に発生するadenosyl analogueを共通の遷移状態ドナーとして使うことは、キナーゼの場合と類似している。
・SAMを使用するという共通性のために、構造的、生物学的、病理生物学的多様性が正しく伝えられていない。創薬や医薬品化学の観点から、SAM結合様式と触媒メカニズムが重要なキーである。
・PKMTとPRMTに共通の構造は、SAMとリジンorアルギニンが、それぞれ酵素表面の逆側から活性中心に入る、という構造である。
・結晶の研究から、SAMとSAHに対する2つの異なる結合様式がある。(Fig3、Ref24)
①    SETドメインは、活性サイトがU字の構造を取り、SAMのmethylsulfonium cationがbaseのnarrow lysine channelに並ぶ。U字構造はリボースのhydroxyグループに結合するアスパラギン酸やグルタミン酸と、カルボン酸塩と塩橋を形成するリジンやアルギニン残基によって誘導される。
②    一方、PRMTではextended構造を取る。この場合も、底のacceptor-binding channelにmethylsulfonium cationが並ぶようになる。PRMTはダイマー形成がSAM結合や触媒作用に重要。→アルギニン残基への複数のメチル基転移に関与?
・DOT1Lはextended構造のSAMと結合する。
・選択的な薬剤の発見と至適化には結晶解析から得られる静的な構造だけでなく、動的な構造も考慮する必要がある。
・モノメチル化酵素とmultiメチル化酵素の違いは、酵素のリジン結合channelにおける立体充填(steric crowding)や水素結合パターンの度合いによると示唆されている。特にリジン結合ポケットの芳香族残基が重要な決定要因だと考えられる。
・トリメチル化酵素DIM5はこのアミノ酸がフェニルアラニン、モノメチル化酵素SETD7はチロシン。FとYを入れ替えると、酵素活性が変わる。(tyrosine-phenylalanine switch)
結合水分子の重要性も示唆されている。(Ref24)
・生理学的なpHではリジンのアミンはプロトンが付加されており、非共有電子対を持たない。分子動力学的なシミュレーションの結果、SAMとタンパク質基質の結合によって"water shuttle"が形成され、リジンからプロトンが外れる、というモデルが提唱された。"water shuttle"を形成する能力がメチル化の程度を規定すると示唆された。
・複数のメチル基を転移する酵素では、基質と結合した後、連続的に反応が起こるもの(processive mechanism)と、1反応ごとに結合と乖離を繰り返すもの(distributive mechanism)がある。
・PRMTはprocessive mechanismでジメチルアルギニンを生成するが、非対称のジメチルを触媒するタイプI PRMTと、対称のジメチルを触媒するタイプII PRMTがある。
・活性サイトの構造や化学反応メカニズムの多様性により、それぞれの酵素特異的な小分子modulatorが存在すると考えられる。

Known inhibitors of PMTs
・これまでにいくつかの間接的な阻害剤が報告されている。
・DZNepはSAH hydrolaseを阻害することで、SAHの蓄積を促し、全てのPMTやSAMを基質とする酵素を阻害する。
・SAMの生合成に関わるdihydrofolate reductaseやSAM synthaseを阻害することでも酵素活性を抑制することができる。
・広範なHDAC阻害剤である、panobinostatがEZH2を欠乏させる事が示された。
・直接的な阻害剤も報告されており、SAHやsinefungin(Streptomyces菌の培養由来)などがある。(Table3)
・より選択的な阻害剤として、SUV39に対するchaetocinやEHMT2に対するBIX-01294が報告されている。
・PRMTに対して選択的な、pyrazoleベースの阻害剤も報告されている。初のnMオーダーのPMT阻害剤である。


Conclusion
・小分子の阻害剤を用いてPMTを制御することは、癌を初めとする病気の治療に大きな意義を持つ。また、これらの酵素によるタンパク質修飾を研究する上でも利用できる。
・PMTの触媒作用を理解することで、メカニズムや構造ベースのリガンド探索が促進すると考えられる。
・PMTsを創薬標的として考える上で残された課題は、SAM結合ポケットをターゲットとする時に、特定の酵素を選択的に阻害できるか、ということである。
・ATP結合ポケットを標的とするキナーゼ阻害剤では十分に特異性を出すことができる。→これがPMTの場合にも当てはまるのか?
・今後の解析が必要であるが、選択的なPMT阻害剤の探索が進むことが望まれる。

Generation of an epigenetic signature by chronic hypoxia in prostate cells.
Human Molecular Genetics, 2009, vol 18, No.19

Introduction
前立腺がんは加齢とともに発生率が高くなり、50-59歳代の男性は20-29歳代の男性に比べて発症率が35%上昇する。これは前立腺組織内が低酸素環境になることで組織内微小環境が変化し、良性の前立腺細胞が前癌状態になり、発がんする可能性が示されている。筆者らは前立腺上皮細胞PwR-1Eを用いて、正常酸素分圧で培養したものと低酸素環境下で培養した細胞を用いて、DNAメチル化レベルおよびH3K9アセチル化レベルを検討した。
方法
低酸素培養は10%低酸素下で7週間、3%低酸素下で4週間、さらに1%低酸素下で3週間以上培養し、実験開始時点でPassege23以内のものを使用した。
Results.
Fig1A:FasLigandおよびTRAIL/CHX(tumor necrosis factor-related apoptosis-inducing ligand)で処理したPwR-1E細胞は低酸素において正常酸素分圧よりもApoptosisが進行している細胞数が減少する。
Fig1B:免疫染色でも、低酸素下でapoptosisの進行に関係したmembrane fragmentationが減少する。すなわち低酸素環境下ではApotosisに対する抵抗性を獲得すると考えられる。

Fig2A.
慢性的な低酸素状態は細胞の老化を引き起こす。2つの細胞株で上段が正常酸素分圧、下段が低酸素状態。青のX-gal染色が濃いほど老化が進行している指標となる。下段の低酸素上程においてより青が強く染まっていることから低酸素下では老化に関連したβガラクトシダーゼ活性が顕著になることが示された。右は定量化した棒グラフ。
Fig2B.
低酸素下に培養されたPwR-1Eは細胞migrationが有意に2倍以上である。
Fig2C.
サイトカインIL1b,6,8,TNFいずれも低酸素下で分泌が高まる。
Fig2D.
低酸素下にPwR-1E細胞を24時間まで暴露すると3時間および6時間後にHIF1-αが増加する。しかし、一番右側のレーンは慢性低酸素状態にさらされたPwR-1Eであるが、HIF1αは蛋白レベルで検出されない。

Fig.3A, B
長時間の低酸素暴露に対するエピジェネティックな変化をみるため、H3K9アセチル抗体と5'メチルシチジン抗体を用いて免疫染色を行った。その結果、Histon3の量は変化しないが、DNAメチル化レベルおよびアセチル化は低酸素状態で増加した。免疫染色では核の拡大が認められた。
Fig3C.
これらの変化が可逆性かどうかを調べるため、2つの細胞株(正常酸素分圧および低酸素分圧)を5-aza-2'-deocycytidineで処理し、Flowcytometryで5'MeCを測定した。その結果、DNAメチル化レベルは正常酸素でも低酸素でも減少し、元に戻った。

Fig.4A,B,C
低酸素でDNAメチル化とアセチル化が増加するメカニズムを解明するため、ELISAに似たアッセイでDNMT活性およびHAT活性を測定した。しかし、有意差は認められなかった。そこでDNA脱メチル化阻害活性をもつSAM(methyl-donor S-adenosylmethionine)を測定したところ、Hypoxiaで有意に低下していた。またDNMT1,DNMT3b,DNMT3bをRT-PCRでmRNA量を測定したところ、DNMT3bは有意に1.6倍の上昇を認めた。このことからHypoxiaではSAMが減少するためにDNAメチル化が上昇し、DNMT3bによるde novoのDNMT活性がhypermethylationに寄与する可能性が考えられた。

Fig.5
12個のImprinting gene lociにおけるメチル化レベルを測定した。正常酸素分圧下では12のうち7個の遺伝子座でhypomethylatedで、1つの遺伝子座でhypermethylatedであった。低酸素下ではIGF2,KCNQ1,GNASの3つの遺伝子座で正常範囲内だったメチル化レベルが低下していた。また、SNRPNとUSP29の2つの遺伝子座ではhypomethylatedであったのが低酸素下でメチル化レベルが上昇していた。このことから、全体のメチル化レベルは低酸素下で上昇するのと並行して、個々の遺伝子特異的にメチル化レベルが変化する可能性が示唆された。

Discussion
低酸素下で培養を継続することによってアポトーシスへの抵抗性、細胞老化、invasion,サイトカイン分泌における変化を見出した。慢性低酸素環境という、HIF1αが欠損している環境下においてもこれらのエピジェネティックな変化が起きうることを示した。これらは前立腺がんの発生において、良性の前立腺細胞が急性の低酸素刺激を受けたのち、アポトーシスへの抵抗性を獲得することで前立腺癌への発展を促すという報告に合致した結果である。HIF1αを介して上昇する遺伝子はごく一部にすぎないが、HIF1αの効果がなくても遺伝子発現量は変化することから、エピジェネティックな変化を通じて遺伝子発現制御を行っているのではないか。それにはHIF1αとのComplexを形成するヒストンアセチル基転移酵素の一つであるCBPやp300、あるいはステロイドreceptor cofactorのSRC-1が関与する可能性もある。また、ヒストン脱アセチル化酵素のHDAC-7もまたこの複合体内に形成され、転写活性を強化することが報告されている。さらにHDAC1とHDAC3はHIF1αの安定化を制御し、転写活性を決めることも報告されている。これらのHIF1α以外による低酸素環境への適応の遺伝子発現が前立腺癌発展へ寄与している可能性が示された。

川村

Mass spectrometry identifies and quantifies 74 unique histone H4 isoforms in differentiating human embryonic stem cells


クロマチンのエピジェネティックな制御は多能性の樹立と維持に重要な役割を果たしていると考えられている。これまでヒストンテールの翻訳後修飾特異的抗体ベースの解析が行われてきたが、それでは複数の修飾部位(combination code)の解析は出来無い。この論文ではクロマトグラフィーとマススペクトリメトリーベースでヒストン修飾パターンの同定と定量を行い、ヒトES細胞のヒストンH4の74種の修飾パターンを検出した。またES細胞分化の際の修飾パターンの変化の定量も行った。その結果H4R3meはH4K20me2が存在するときにしか観察されないことなどを明らかにした。

未処理のES細胞ではK5,8,12,16アセチル化された転写活性化状態の物が多く抑制状態のK20ジメチルが少ない。分化に従ってメチル化とアセチル化のパターンは繊維芽細胞と似てくる。K20のメチル化状態は分化と関連がありそうだがこれまでの研究で細胞周期依存との報告もある。今回の結果でもTPA刺激後80時間でほとんどの細胞がG1期にある。メチル化の変化がどちらかもしくは両方により物かを決めるのは現状では難しい。
H4テールの修飾の組み合わせは理論的には約300万種類になる。今回の解析では74種を検出しただけだが、K20ジメチルが存在するときしかR3のモノ-, ジ-メチルが観察されないことなどを発見した。R3me1は転写活性化と関連しているのに対しK20のメチル化は不活性化とリンクしていることが報告されている。これはH3K4 とK27の関係に似ている。さらにヒストンのアセチル化はN末のアセチルかが無いと起こらないことも見出した。
今回の手法は他のコアヒストンの解析や他の多様な修飾を含むタンパクの解析に用いることが出来る。

nanoFlow HPLC
orbitrap Mass spectrometry
Linear ion trap Mass spectrometry
Electron transfer dissociation (ETD)
Collision induce dissociation (CID)

図1. ヒストンH4テールの解析。AspN消化により得られるヒストンの1-23aaの解析。A: 修飾の違いによるHPLCでの分離。B: 高分解能・高精度MSによる5アセチルフラクションの解析。C: ETD-MS/MSによる5アセチル、2メチルに相当するピークの解析。

図2. ヒト ES細胞74(75?)種のヒストンH4のconminational code map

図3. アイソフォームの定量。A: 2-5アセチル合成ペプチドを用いた定量性の確認。1:100までは直進性が得られる。B: アセチル化部位の異なる修飾数の同じ合成ペプチドを用いた定量性の確認。

SI図4 ESのTPA刺激による分化。A,B:細胞形態変化。C:oct4の発現細胞の変化。

SI図5 分化によるメチル化率の変化
TPA処理によりme0が減少しme2が増加する。ETD解析によりK20 がターゲットであることが示された。 (全体の傾向としてK5,8,12,16アセチルが減りK20me2が増加する。)

SI図6 同一フラクション中の修飾部位異性体の定量。A: orbitapでの精密質量決定による修飾数の決定。 B: EDTによるMS/MSフラグメントスペクトルから得られる多元一次方程式を用いた修飾部位異性体の定量。

SI図7 R3のメチル化はK20me2の時にしか起こらない。A: R3,K20未修飾。B: K20me C: K20me2, D: R3me+K20me2

SI図8 TPA刺激による細胞周期の変化。ほとんどの細胞がG1基に移行する。

担当 砂河
Linking DNA methylation and histone modification: patterns and paradigms

Generating modification patterns
1.    Generation of the basal bimodal DNA methylation pattern.
ゲノム上のほとんどのCpGはメチル化している。ただし、CpGアイランドを除く。DNAメチル化は、発生の初期に消される時期が2度ある。→受精後すぐの時期、始原生殖細胞形成(PGC)の初期。ただし、前者は、インプリンティングやIAPなどのリピート配列は除く。脱メチル化からの防御機構としてStellaと言う遺伝子が知られているが詳細なメカニズムは不明。
Fig1. bimodal methylationの形成メカニズム
生殖細胞に於いてde novo DNAメチル化は、Dnmt3lを介してヒストンに結合することで起こる。H3K4のメチル化(me1-3)は、このDnmt3lのヒストンへの結合を阻害する。LSD1(KDM1B)のKOマウスでは、Oocyteで確立するMaternal Imprinting領域のメチル化に異常(ZP3-loxによるOocyte特異的KO)。PEGにおけるMaternalアリルのメチル化には、H3k4meの除去が必要。H3K4のメチル化は、DNAメチル化に対する防御機構?体細胞においてもヒストンH3K4のメチル化とDNAのメチル化は逆相関。
2.    Targeted de novo methylation in early development.
初期発生における多能性関連遺伝子におけるDNAメチル化は、原腸形成(3胚葉形成時)に際して生じる(多能性の消失時期に一致)。
Fig.2 多能性遺伝子の発現抑制
多能性関連遺伝子のメチル化は、多段階の過程を経て起こる。
①    プロモーター領域へのG9a、HDAC及びH3K4脱メチル化酵素を含む複合体のリクルートとそれに伴う、アセチル化の除去及びH3K9へのメチル化の導入。
②    H3K9のメチル化へのHP1の結合と局所的ヘテロクロマチン化の誘導。
③    G9aを含む複合体によるDnmt3a/bのリクルートに伴うDNAのメチル化
その他のDNAメチル化とヒストン修飾因子による制御機構
Pericentromeric satellite sequenceにおけるヘテロクロマチン化
関連するヒストン修飾酵素:SUV39H1/2
ヒストン修飾部位:H3K9me3
HP1によるDnmt3bのリクルートを介したDNAメチル化
Pericentromeric satellite sequenceへのSUV39H1/2のリクルートは、siRNA経路による制御が示唆されている。→RISCのKOによるH3K9me3シグナルの減弱。
3.    Effect of DNA methylation on histone modification.
DNAメチル化によるヒストン修飾への作用を示唆する報告
    メチルシトシン結合タンパク(MBD2やMeCP2など)によって仲介される。MBD2、MeCP2 : HDACのリクルート
    Dnmt1による複製フォークへのG9aのリクルート。エピジェネティックな修飾の維持。
    DNAのメチル化は、H3K4のメチル化を抑制する。植物(Arabidopsis thaliana)ではH2AZをヌクレオソームからの排除に関与
DNAのメチル化は、複製のたびに壊されるヘテロクロマチン構造を再構成するためのマーカーとしての役割?
4.    Interrelationships through enzyme interactions.
酵素間相互作用を介したヒストン修飾とDNAメチル化の関係。Dnmtは、抑制性ヒストン修飾を誘導する酵素と相互作用する(G9a、SUVH1/2、SETDB1、EZH2など)。
これらの結合は、各酵素の触媒領域(SET domain)を介さない(Fig.3)。G9aであれば、Ankyrin repeatを介して結合。ヒストン修飾酵素の活性は、Dnmtとの結合に影響しない。
同様の制御は、植物でも存在。A. thalianaでのSUVH4 (KRYPTONITE) 。ヒストン修飾酵素ではないがHP1は、N.crassaでのDNAメチル化に必須。
Paradigms of repression
ゲノムの大半は閉じたクロマチン構造をとっている。→クロマチン構造が開くことが配列依存的な転写因子の受け入れを可能とする。ヘテロクロマチン構造の形成と維持のメカニズムの解明が重要。
2つの遺伝子発現抑制機構
    DNAのメチル化とそれに続くヘテロクロマチン化による抑制機構
    特異的DNA配列を認識するクロマチン制御因子を介した抑制機構
1.    Polycomb targets and DNA methylation.
Polycombによる遺伝子発現抑制の特徴は、可逆的な抑制であること。Polycombの標的遺伝子の多くは、CpGアイランドを持ったプロモーターを持ち、発生を通じて非メチル化状態が維持されている。多くの標的遺伝子は、発生分化の制御遺伝子(Sox, Paxなど)を含む。InvitroでEZH2とDnmt3a/bの結合すること、ESから神経細胞への分化の過程で一部のPolycombの標的遺伝子がメチル化することからPolycombによるDNAのメチル化仲介が考えられているがその重要性についてははっきりとしない。(Mohn, F. et al. Mol. Cell 30, 755-766 (2008), Meissner, A. et al. Nature 454, 766-770 (2008).)
2.    X inactivation.
FemaleのX染色体の一方は、発生の初期に不活化される。遺伝子量補償と呼ばれる現象で一方の染色体がDNAメチル化やヒストン修飾により恒常的ヘテロクロマチン構造をとる。なお、哺乳類では、栄養外胚葉においては父方X染色体が不活化を受け、将来胚本体を形成するEpiblastでは、ランダムに一方のアリルに不活化が起こる。前者は、DNAのメチル化を介さず、H3K27により不活化。後者は、H3K27me3のspreadによるX染色体の不活化とそれに続いて着床後の不活化XにはDNAメチル化が生じる。ヒトやマウスを含む有胎盤類に比べオポッサムやカモノハシなどの有袋類のX染色体の不活化にはDNAのメチル化が起こらずその不活化は不安定。→X染色体の不活化に伴うDNAのメチル化は、不活化状態の安定化に寄与。
3.    Pluripotency genes.
ES細胞からの分化に伴う多能性遺伝子の抑制は、H3K9のメチル化に続くDNAのメチル化を介した恒常的ヘテロクロマチン化の形成により行われ、分化細胞のリプログラミング化を防ぐメカニズムと考えられている。その過程は、3つの段階からなり、ヒストン修飾とDNAメチル化の連続反応からなる。
①    分化誘導に伴うプロモーター領域への抑制因子のリクルート
②    G9aを含む複合体による脱アセチル化とH3K9のメチル化によるヘテロクロマチン化
③    G9aを含む複合体を介したプロモーター領域へのDnmt3のリクルートによるDNAのメチル化による不可逆的なヘテロクロマチンへの移行。
Somatic cell reprogramming
体細胞から多能性細胞へのリプログラミングは、多能性遺伝子のプロモーター領域の抑制状態から活性化状態への段階的な切り替わりによって起こる。リプログラミングの初期の段階で不活化ヒストン修飾の除去が誘導され、その後、DNAのメチル化の低下が起こる(Fig. 4)。G9a、ヒストン脱アセチル化酵素およびDNAメチル化酵素阻害剤は、リプログラミング効率を上昇させる。→始原生殖細胞の形成時や受精直後の過程に起こっているリプログラムを模倣?
安定的なエピジェネティックな修飾が細胞種特異的表現系の安定的維持に重要。
DNA methylation in cancer
癌において、正常細胞で非メチル化状態が維持されているCpGアイランドの多くが異常メチル化。メチル化遺伝子の大半(>90%)は、癌抑制遺伝子ではなく、正常細胞で発現していない遺伝子。正常細胞におけるpolycombの標的遺伝子。
EZH2によるDnmtのリクルートの可能性→癌におけるEZH2とDnmtの発現量の不均衡の結果?
癌細胞において正常細胞におけるpolycombの標的遺伝子上のH3K27me3は、DNAメチル化に置き換わっている(Fig.5)。→DNAメチル化による恒常的遺伝子発現抑制による遺伝子発現の可塑性の低下。
Future direction
ある種のヒストン修飾は、DNAメチル化に関与する。この関係は、SETドメインを持ったヒストンメチル化酵素とDnmtとの相互作用による。今後の課題として以下の点があげられる。
    DNAメチル化パターンがどのようにしてヒストン修飾のパターンに翻訳されるのか?
    メチルシトシン結合タンパクによるヒストンアセチル化に続くH3K4およびH3K9のメチル化制御にかかわる因子の同定
    Dnmtと相互作用するヒストン修飾酵素によるDNAメチル化誘導のメカニズム。ヒストン修飾からDNAメチル化へのスイッチング機構の解明。
    組織特異的クロマチン構造の誘導による組織特異的遺伝子発現にかかわる因子の同定とその制御
    DNA脱メチル化のメカニズムの解明
    複製に伴うエピジェネティック情報の伝達機構の解明

脂肪合成を阻害する化合物の作製に成功

(京都大学、ベイラー医科大学、東京大学)

国立大学法人 京都大学(総長 松本 紘)、米ベイラー医科大学(総長 ウィリアム T. バトラー)、国立大学法人 東京大学(総長 濱田 純一)は、脂肪の生合成を阻害する化合物を発見し、その作用メカニズムをつきとめました。この結果は、糖尿病や脂肪肝などの代謝疾患の研究や治療に役立つと期待されます。

京都大学 物質−細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)の上杉志成教授、米ベイラー医科大学のサリ・ワキル教授、東京大学先端科学技術研究センター 代謝医学分野の酒井寿郎教授らの研究グループは、ファトスタチンという有機化合物を発見し、その化合物が細胞内で脂肪の生合成を阻害することをつきとめました。詳細な研究によると、ファトスタチンはSCAPというステロール量を感知するセンサータンパク質に結合し、SREBPという転写因子を阻害します。これによって脂肪の合成に必要な遺伝子が活性化しなくなり、糖から脂肪の合成が抑えられます。 この化合物をマウスに投与したところ、過食による肥満、糖尿、脂肪肝を抑制しました。完全合成化合物で、SREBPを阻害する化合物はファトスタチンが初めてです。この合成有機化合物は、代謝疾患(メタボリックシンドローム)を理解する研究に役立つと考えられます。また、この化合物の類縁体が糖尿病や脂肪肝などの代謝疾患の治療薬として将来利用される可能性もあります。

これらの結果は8月27日付けの米科学誌ケミストリー・アンド・バイオロジーに発表されました。

A small molecule that blocks fat synthesis by inhibiting the activation of SREBP.
Kamisuki S, Mao Q, Abu-Elheiga L, Gu Z, Kugimiya A, Kwon Y, Shinohara T, Kawazoe Y, Sato S, Asakura K, Choo HY, Sakai J, Wakil SJ, Uesugi M. 
Chem Biol. 2009 Aug 28;16(8):882-92.

PubMed

日経新聞 メタボ薬開発に道、脂肪合成妨げる化合物発見 京大など


研究成果解説

1. 背景

メタボリックシンドロームは、過剰な脂肪や炭水化物の摂取に主に起因します。炭水化物から脂肪酸やコレステロールへの変換には数多くの酵素が関与していますが、これらの酵素の発現レベルを包括的に制御しているのは、SREBP(sterol regulatory element-binding protein)という転写因子です。SREBPは細胞の小胞体の膜に結合した前駆体として合成されます。この前駆体が切断酵素によるプロセシングによって、膜から切り離されることにより、核内の標的遺伝子の転写を活性化することが可能になります(Sakai J et al Cell 1996, Sakai J et al Mol Cell 1998)。

このSREBPのプロセシングは、コレステロールなどのステロールによって厳密に制御されています。ステロールは、小胞体の膜上に存在するSREBPのエスコートタンパク質であるSCAP(SREBP cleavage-activating protein)と結合することによりSREBPのプロセシングを制御しています。 SREBPは脂質代謝の恒常性を維持する上で、極めて重要な転写因子です。 上杉研究室では以前、培養細胞の脂肪油滴の蓄積を阻害する化合物としてファトスタチンという化合物を見出しました。本研究では、ファトスタチンがSREBPの活性プロセスを抑制し、脂肪合成を抑制することを明らかにしました。

2. 研究手法

最初にDNAマイクロアレイにより、ファトスタチンが作用する細胞内の経路を特定することにしました。続いて、細胞生物学的手法により、さらに詳細な作用機構を調べました。一方で、ファトスタチンの誘導体を合成し構造活性相関を調べました。そして活性に影響を与えない部位に、蛍光物質やビオチンを導入することにより、ファトスタチンが結合するタンパク質を探すことにしました。また、ファトスタチンの薬理学的な効果を調べるために動物実験を行いました。

3. 研究成果

DNAマイクロアレイによる遺伝子発現解析などにより、ファトスタチンはSREBPの経路に作用していることが示唆されました。さらに細胞生物学的解析を行った結果、ファトスタチンはSREBPの活性化プロセスを抑制していることがわかりました。蛍光標識したファトスタチンを用いて細胞内の局在を調べたところ、ファトスタチンは小胞体に局在することが明らかになりました。また、ビオチン化ファトスタチンを用いて結合実験を行ったところ、ファトスタチンはSCAPに結合することが示唆されました。以上の結果から、ファトスタチンは小胞体上でSCAPに結合し、SREBPの活性化プロセスを抑制することが示されました。

さらに、肥満のモデルであるob/obマウスを用いて動物実験を行いました。ob/obマウスの異常な体重増加は、ファトスタチン処理によって抑制されました。ob/obマウスではインスリン抵抗性による高血糖や脂肪肝などが見られましたが、これらもファトスタチン処理により改善されました。また、ファトスタチンで処理したマウスの肝臓抽出物中の脂肪酸合成酵素、アセチルCoAカルボキシラーゼなどの脂肪合成に関わるタンパク質は減少していました。つまり、ファトスタチンは動物の肝臓中のSREBPの活性化を阻害し、脂肪合成を抑制していると考えられます。

4. 今後の期待

生理活性小分子は、代謝経路などの複雑な細胞内プロセスを解明する道具として利用されてきました。SREBPの機能を調節する小分子は代謝性疾患の治療に役立つ可能性があり、これらの疾病をさらに理解する上での道具となるかもしれません。細胞および動物実験の結果から、ファトスタチンはステロールセンサーであるSCAPに結合し、転写因子SREBPの活性化プロセスを抑制することにより、脂肪合成系の遺伝子の発現を抑制していることが示唆されました。我々が知る限り、ファトスタチンは細胞、マウスの肝臓両方でSREBPの活性化を阻害する、最初の非ステロール合成分子です。

ファトスタチンはメタボリックシンドロームの薬物療法のリード候補であり、ヒトを含む動物の脂質代謝の役割を理解するための道具となる可能性があります。

研究成果のポイント

  • 細胞内での脂肪合成を阻害する化合物を発見
  • その化合物の作用メカニズムを解明
  • 脂肪合成の阻害剤自体はスタチンなどの酵素阻害剤などこれまで知られているが、今回の化合物はステロール量を感知するセンサータンパク質に働き、包括的に脂肪合成を阻害する
  • ネズミに投与したところ、過食による糖尿、肥満、脂肪肝を抑えた
  • 代謝疾患の研究や創薬研究に役立つと期待される

このたび、東京大学先端科学技術研究センター 代謝医学分野と京都大学ウィルス研究所の眞貝洋一教授らとの研究グループによって、エピゲノム制御(ヒストンH3の9番目のリジンのメチル化)が肥満・インスリン抵抗性を始めとした生活習慣病の発症に大変重要である知見が明らかにされ、8月14日号のGenes to Cellsに掲載されました。

哺乳類の細胞では、DNAは8分子のヒストンタンパク質に巻き付いてクロマチンという構造をとります。DNAメチル化や複数のヒストン修飾によって形成されるクロマチン高次構造がその付近の遺伝子の発現を規定します。例えばヒストンH3の9番目のアミノ酸リジン(H3K9と略される)がメチル化されると、この領域は閉鎖型のクロマチンとなり転写活性化因子がアクセスしにくい閉鎖型クロマチンとなり、遺伝子の転写活性化能は抑制されます。このように、DNAの塩基配列の変化を伴わずに、遺伝子の発現を制御する仕組みをエピジェネティックス機構といいます。エピジェネティックスの機構はDNAのメチル化、ヒストンの翻訳後修飾、DNAとタンパク質の複合体であるクロマチンで成り立っており、このように修飾されたゲノムをエピゲノム(注1)と呼びます。近年、このヒストンのメチル化は可逆的であることが解明されつつあります。Jumonji C (JmjC)ドメインを持った蛋白の多くに脱メチル化酵素活性化があることが明らかにされ、中でもJHDM2A(別名JMJD1A)と命名された蛋白はH3K9の脱メチル化酵素です。

H3K9のメチル化が脂肪細胞分化に関与することから(Wakabayashi K et al, Mol Cell Biol. 2009, 13: 3544-3555)Jhdm2aのノックアウトマウスを解析したところ、予想外にもこのマウスは顕著な肥満マウスとなりました。このマウスは通常食餌下で、肥満(野生型と比べ5ヶ月で30%程度増加)に高脂血症、耐糖能異常、高インスリン血症をともなった、人におけるメタボッリック症候群あるいは生活習慣病とも言える表現型を示しました。

このマウスでは絶食下における体温維持能が低下し、夜間の呼吸商(注2)は野生型マウスに比べて高値を示しました。このことはJhdm2aノックアウトマウスは、脂肪を燃やしにくい体質、肥満になりやすい体質であることを示しております。トランスクリプトーム解析では、白色脂肪細胞で最も多く遺伝子発現の変動が見られ、ヒトのリンケージ解析で同定されたⅡ型糖尿病に関与している遺伝子(adamts9)、グルコース取り込みに関与する遺伝子(Glut4)、また、脂肪細胞へ脂肪を蓄積に関与する遺伝子でさらに遺伝子改変マウスで肥満になることが示されている遺伝子(ApoC1)などの変動が観察され、これらが肥満やインスリン抵抗性の原因の一部を担っていると考えられました。

Obesity and metabolic syndrome in histone demethylase JHDM2a-deficient mice.
Inagaki T, Tachibana M, Magoori K, Kudo H, Tanaka T, Okamura M, Naito M, Kodama T, Shinkai Y, Sakai J.
Genes Cells. 2009 Aug;14(8):991-1001. Epub 2009 Jul 15.

PubMed




補足解説

肥満と環境そしてエピゲノム

肥満は多遺伝子疾患であり、環境因子との関わりもまた大きな要因です。継続的なカロリー過剰は肥満を始めとした生活習慣病の原因となります。また、一方で、「肥満しやすい体質」というも存在します。これは、遺伝素因(DNAの塩基配列)によるところが大きいと考えられてきましたが、栄養環境を含めた環境要因が影響を与えていることが、臨床知見などから明らかにされつつあります。例えば、一卵性双生児の追跡スタディーでは肥満発症における遺伝性素因は最高でも70%の寄与率しかないといわれ(一卵性双生児の場合、生活環境はほぼ同一である場合が多いですが)、遺伝素因と環境要因の相互作用が疾患発症に重要であると考えられています。低出生児体重時に関する追跡調査から心疾患や2型糖尿病や肥満など生活習慣病の発症率が高くなるという報告もあります。その機序として母体内で栄養不足の低出生体重児は、少ない栄養を効率よくエネルギー源として利用できるように適応し、通常の栄養を受ける環境におかれた場合には、相対的な過栄養状態になり、肥満になりやすいという仮説が挙げられています(Barker仮説)。また、同様の知見を示すオランダ飢饉(Dutch famine)の疫学調査があります。第二次世界大戦時1944−1945年にナチスドイツの政略によりオランダの一部ではひどい食糧難に陥り、飢饉となりました。このオランダ飢饉を経験した母親の出生児は成人後に肥満や耐糖能生涯を発症しやすいという。

これらの報告は環境が体質を変える、ということを強く示唆し、ヒトに於いて母体内での環境が肥満しやすい体質、すなわちDNAの塩基配列を介さない遺伝形式、すなわちエピゲノム変化として記憶されていることが示唆されます。細胞外の環境変化は細胞内シグナリングを介してゲノムに伝え、ゲノムが修飾され、エピゲノムの変化として記憶されていきます。本研究はゲノムの修飾によって生活習慣病が発症することを示した報告です。


用語解説

(注1)エピゲノム

DNA塩基配列以外の(1)DNAのメチル化 と (2)ヒストンの修飾(メチル化、アセチル化、SUMO化、リン酸化、ユビキチン化 など)で維持・伝達される遺伝情報。エピゲノムは、受精卵でリセットされ、生まれた後に環境により書き換えられていく。ヒストンはアミノ酸がメチル化されるなどの修飾をうけ、複製の時にこのヒストン修飾も複製され記憶として受け継がれる。エピゲノムが変化することにより、同じゲノムから人間では200種類の異なった細胞が作られる。環境の変化により修飾される遺伝情報がエピゲノムであり、がんや生活習慣病にも鍵となる。

(注2)呼吸商

糖質と脂肪の燃焼の比率。呼吸商は、通常1から0.8程度の数値で表される。数字が小さい方が、脂肪燃焼の割合が高いことを意味する。脂肪をよく燃焼している場合の呼吸商は0.8程度、脂肪を燃焼していない場合は1.0になる。エネルギー源として体脂肪を上手に利用できない人は、呼吸商が全体的に高めの傾向にあり、反対に体脂肪を上手に燃焼している人は安静時の呼吸商が低めである傾向にある。

呼吸商の計算方法は次の式で求められる。

呼吸商=呼気に含まれるにCO2(二酸化炭素)の量÷吸気に含まれるO2(酸素)の量


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