2009年9月 3日

脂肪合成を阻害する化合物の作製に成功

(京都大学、ベイラー医科大学、東京大学)

国立大学法人 京都大学(総長 松本 紘)、米ベイラー医科大学(総長 ウィリアム T. バトラー)、国立大学法人 東京大学(総長 濱田 純一)は、脂肪の生合成を阻害する化合物を発見し、その作用メカニズムをつきとめました。この結果は、糖尿病や脂肪肝などの代謝疾患の研究や治療に役立つと期待されます。

京都大学 物質−細胞統合システム拠点(iCeMS=アイセムス)の上杉志成教授、米ベイラー医科大学のサリ・ワキル教授、東京大学先端科学技術研究センター 代謝医学分野の酒井寿郎教授らの研究グループは、ファトスタチンという有機化合物を発見し、その化合物が細胞内で脂肪の生合成を阻害することをつきとめました。詳細な研究によると、ファトスタチンはSCAPというステロール量を感知するセンサータンパク質に結合し、SREBPという転写因子を阻害します。これによって脂肪の合成に必要な遺伝子が活性化しなくなり、糖から脂肪の合成が抑えられます。 この化合物をマウスに投与したところ、過食による肥満、糖尿、脂肪肝を抑制しました。完全合成化合物で、SREBPを阻害する化合物はファトスタチンが初めてです。この合成有機化合物は、代謝疾患(メタボリックシンドローム)を理解する研究に役立つと考えられます。また、この化合物の類縁体が糖尿病や脂肪肝などの代謝疾患の治療薬として将来利用される可能性もあります。

これらの結果は8月27日付けの米科学誌ケミストリー・アンド・バイオロジーに発表されました。

A small molecule that blocks fat synthesis by inhibiting the activation of SREBP.
Kamisuki S, Mao Q, Abu-Elheiga L, Gu Z, Kugimiya A, Kwon Y, Shinohara T, Kawazoe Y, Sato S, Asakura K, Choo HY, Sakai J, Wakil SJ, Uesugi M. 
Chem Biol. 2009 Aug 28;16(8):882-92.

PubMed

日経新聞 メタボ薬開発に道、脂肪合成妨げる化合物発見 京大など


研究成果解説

1. 背景

メタボリックシンドロームは、過剰な脂肪や炭水化物の摂取に主に起因します。炭水化物から脂肪酸やコレステロールへの変換には数多くの酵素が関与していますが、これらの酵素の発現レベルを包括的に制御しているのは、SREBP(sterol regulatory element-binding protein)という転写因子です。SREBPは細胞の小胞体の膜に結合した前駆体として合成されます。この前駆体が切断酵素によるプロセシングによって、膜から切り離されることにより、核内の標的遺伝子の転写を活性化することが可能になります(Sakai J et al Cell 1996, Sakai J et al Mol Cell 1998)。

このSREBPのプロセシングは、コレステロールなどのステロールによって厳密に制御されています。ステロールは、小胞体の膜上に存在するSREBPのエスコートタンパク質であるSCAP(SREBP cleavage-activating protein)と結合することによりSREBPのプロセシングを制御しています。 SREBPは脂質代謝の恒常性を維持する上で、極めて重要な転写因子です。 上杉研究室では以前、培養細胞の脂肪油滴の蓄積を阻害する化合物としてファトスタチンという化合物を見出しました。本研究では、ファトスタチンがSREBPの活性プロセスを抑制し、脂肪合成を抑制することを明らかにしました。

2. 研究手法

最初にDNAマイクロアレイにより、ファトスタチンが作用する細胞内の経路を特定することにしました。続いて、細胞生物学的手法により、さらに詳細な作用機構を調べました。一方で、ファトスタチンの誘導体を合成し構造活性相関を調べました。そして活性に影響を与えない部位に、蛍光物質やビオチンを導入することにより、ファトスタチンが結合するタンパク質を探すことにしました。また、ファトスタチンの薬理学的な効果を調べるために動物実験を行いました。

3. 研究成果

DNAマイクロアレイによる遺伝子発現解析などにより、ファトスタチンはSREBPの経路に作用していることが示唆されました。さらに細胞生物学的解析を行った結果、ファトスタチンはSREBPの活性化プロセスを抑制していることがわかりました。蛍光標識したファトスタチンを用いて細胞内の局在を調べたところ、ファトスタチンは小胞体に局在することが明らかになりました。また、ビオチン化ファトスタチンを用いて結合実験を行ったところ、ファトスタチンはSCAPに結合することが示唆されました。以上の結果から、ファトスタチンは小胞体上でSCAPに結合し、SREBPの活性化プロセスを抑制することが示されました。

さらに、肥満のモデルであるob/obマウスを用いて動物実験を行いました。ob/obマウスの異常な体重増加は、ファトスタチン処理によって抑制されました。ob/obマウスではインスリン抵抗性による高血糖や脂肪肝などが見られましたが、これらもファトスタチン処理により改善されました。また、ファトスタチンで処理したマウスの肝臓抽出物中の脂肪酸合成酵素、アセチルCoAカルボキシラーゼなどの脂肪合成に関わるタンパク質は減少していました。つまり、ファトスタチンは動物の肝臓中のSREBPの活性化を阻害し、脂肪合成を抑制していると考えられます。

4. 今後の期待

生理活性小分子は、代謝経路などの複雑な細胞内プロセスを解明する道具として利用されてきました。SREBPの機能を調節する小分子は代謝性疾患の治療に役立つ可能性があり、これらの疾病をさらに理解する上での道具となるかもしれません。細胞および動物実験の結果から、ファトスタチンはステロールセンサーであるSCAPに結合し、転写因子SREBPの活性化プロセスを抑制することにより、脂肪合成系の遺伝子の発現を抑制していることが示唆されました。我々が知る限り、ファトスタチンは細胞、マウスの肝臓両方でSREBPの活性化を阻害する、最初の非ステロール合成分子です。

ファトスタチンはメタボリックシンドロームの薬物療法のリード候補であり、ヒトを含む動物の脂質代謝の役割を理解するための道具となる可能性があります。

研究成果のポイント

  • 細胞内での脂肪合成を阻害する化合物を発見
  • その化合物の作用メカニズムを解明
  • 脂肪合成の阻害剤自体はスタチンなどの酵素阻害剤などこれまで知られているが、今回の化合物はステロール量を感知するセンサータンパク質に働き、包括的に脂肪合成を阻害する
  • ネズミに投与したところ、過食による糖尿、肥満、脂肪肝を抑えた
  • 代謝疾患の研究や創薬研究に役立つと期待される