2009年9月30日

Generation of an epigenetic signature by chronic hypoxia in prostate cells.

Generation of an epigenetic signature by chronic hypoxia in prostate cells.
Human Molecular Genetics, 2009, vol 18, No.19

Introduction
前立腺がんは加齢とともに発生率が高くなり、50-59歳代の男性は20-29歳代の男性に比べて発症率が35%上昇する。これは前立腺組織内が低酸素環境になることで組織内微小環境が変化し、良性の前立腺細胞が前癌状態になり、発がんする可能性が示されている。筆者らは前立腺上皮細胞PwR-1Eを用いて、正常酸素分圧で培養したものと低酸素環境下で培養した細胞を用いて、DNAメチル化レベルおよびH3K9アセチル化レベルを検討した。
方法
低酸素培養は10%低酸素下で7週間、3%低酸素下で4週間、さらに1%低酸素下で3週間以上培養し、実験開始時点でPassege23以内のものを使用した。
Results.
Fig1A:FasLigandおよびTRAIL/CHX(tumor necrosis factor-related apoptosis-inducing ligand)で処理したPwR-1E細胞は低酸素において正常酸素分圧よりもApoptosisが進行している細胞数が減少する。
Fig1B:免疫染色でも、低酸素下でapoptosisの進行に関係したmembrane fragmentationが減少する。すなわち低酸素環境下ではApotosisに対する抵抗性を獲得すると考えられる。

Fig2A.
慢性的な低酸素状態は細胞の老化を引き起こす。2つの細胞株で上段が正常酸素分圧、下段が低酸素状態。青のX-gal染色が濃いほど老化が進行している指標となる。下段の低酸素上程においてより青が強く染まっていることから低酸素下では老化に関連したβガラクトシダーゼ活性が顕著になることが示された。右は定量化した棒グラフ。
Fig2B.
低酸素下に培養されたPwR-1Eは細胞migrationが有意に2倍以上である。
Fig2C.
サイトカインIL1b,6,8,TNFいずれも低酸素下で分泌が高まる。
Fig2D.
低酸素下にPwR-1E細胞を24時間まで暴露すると3時間および6時間後にHIF1-αが増加する。しかし、一番右側のレーンは慢性低酸素状態にさらされたPwR-1Eであるが、HIF1αは蛋白レベルで検出されない。

Fig.3A, B
長時間の低酸素暴露に対するエピジェネティックな変化をみるため、H3K9アセチル抗体と5'メチルシチジン抗体を用いて免疫染色を行った。その結果、Histon3の量は変化しないが、DNAメチル化レベルおよびアセチル化は低酸素状態で増加した。免疫染色では核の拡大が認められた。
Fig3C.
これらの変化が可逆性かどうかを調べるため、2つの細胞株(正常酸素分圧および低酸素分圧)を5-aza-2'-deocycytidineで処理し、Flowcytometryで5'MeCを測定した。その結果、DNAメチル化レベルは正常酸素でも低酸素でも減少し、元に戻った。

Fig.4A,B,C
低酸素でDNAメチル化とアセチル化が増加するメカニズムを解明するため、ELISAに似たアッセイでDNMT活性およびHAT活性を測定した。しかし、有意差は認められなかった。そこでDNA脱メチル化阻害活性をもつSAM(methyl-donor S-adenosylmethionine)を測定したところ、Hypoxiaで有意に低下していた。またDNMT1,DNMT3b,DNMT3bをRT-PCRでmRNA量を測定したところ、DNMT3bは有意に1.6倍の上昇を認めた。このことからHypoxiaではSAMが減少するためにDNAメチル化が上昇し、DNMT3bによるde novoのDNMT活性がhypermethylationに寄与する可能性が考えられた。

Fig.5
12個のImprinting gene lociにおけるメチル化レベルを測定した。正常酸素分圧下では12のうち7個の遺伝子座でhypomethylatedで、1つの遺伝子座でhypermethylatedであった。低酸素下ではIGF2,KCNQ1,GNASの3つの遺伝子座で正常範囲内だったメチル化レベルが低下していた。また、SNRPNとUSP29の2つの遺伝子座ではhypomethylatedであったのが低酸素下でメチル化レベルが上昇していた。このことから、全体のメチル化レベルは低酸素下で上昇するのと並行して、個々の遺伝子特異的にメチル化レベルが変化する可能性が示唆された。

Discussion
低酸素下で培養を継続することによってアポトーシスへの抵抗性、細胞老化、invasion,サイトカイン分泌における変化を見出した。慢性低酸素環境という、HIF1αが欠損している環境下においてもこれらのエピジェネティックな変化が起きうることを示した。これらは前立腺がんの発生において、良性の前立腺細胞が急性の低酸素刺激を受けたのち、アポトーシスへの抵抗性を獲得することで前立腺癌への発展を促すという報告に合致した結果である。HIF1αを介して上昇する遺伝子はごく一部にすぎないが、HIF1αの効果がなくても遺伝子発現量は変化することから、エピジェネティックな変化を通じて遺伝子発現制御を行っているのではないか。それにはHIF1αとのComplexを形成するヒストンアセチル基転移酵素の一つであるCBPやp300、あるいはステロイドreceptor cofactorのSRC-1が関与する可能性もある。また、ヒストン脱アセチル化酵素のHDAC-7もまたこの複合体内に形成され、転写活性を強化することが報告されている。さらにHDAC1とHDAC3はHIF1αの安定化を制御し、転写活性を決めることも報告されている。これらのHIF1α以外による低酸素環境への適応の遺伝子発現が前立腺癌発展へ寄与している可能性が示された。