The histon deacetylase Sirt6 regulates
glucose homeostasis via HIF1α.
Lei Zhong, Raul Mostoslavsky, et al. Cell 2010 Jan 22, 140; 280-293
Sirt6 は NAD 依存性脱アセチル化酵素群の 1 つで、代謝、ストレス応答、寿命などさまざまな生命活動に関与することが知られている。筆者らは Sirt6 欠損マウスが低血糖により早期に死亡することから、 Sirt6 が H3K9 の脱アセチル化を行うことにより解糖系に関与する複数の遺伝子群の発現を制御することを示した。特に Sirt6 は HIF1α の corepressor として機能している可能性を示し、 Sirt6 欠損マウスにおいて HIF1α 活性が増加し、解糖系の遺伝子発現を上昇させることで高血糖にしていることを示した。
背景:そもそも Sirt6 は silent information regulator 2 の homolog である Sirt1-7 の family の一因で、 Sir2 は代謝活性や DNA 修復、 recombination, life
span に関わる sirtuin family の一つとして知られていた。 2006 年に Mostoslavsky が Sirt1-7 のうち、 Sirt6 を欠損したマウスが正常に生まれたのち、生後 3 週令ころから急速に成長が止まり生後 1 カ月未満で死亡する劇的な phenotype を呈することを報告した。特に Sirt6 欠損マウスは重度の代謝異常、 IFG-1 レベルの低下、低血糖、皮下脂肪の完全欠損、骨代謝異常などを呈し、 DNA 傷害や酸化ストレスに対する修復能力の低下などが報告されている。
その後も michishita らにより SIRT6 はテロメアに局在し、ノックダウンにより急速な老化とテロメア依存性の genomic instability を呈し、特に H3K9 の脱アセチル化酵素として機能していることが 2008 年 Nature に報告された。さらに、昨年の Cell に Kawahara らは SIRT6 が NF-κB の corepressor として働き、 NF-κB のターゲット遺伝子の H3K9 を脱アセチル化することにより NF-κB 依存性のアポトーシスや老化を減少させることが報告されている。本研究では、 Sirt6 欠損マウスがどのような機序で低血糖を呈するのか、その分子機構メカニズムを HIF1α の働きを通じて解明した。
Fig.1
Sirt6 欠損マウスは致死的な低血糖を呈するが、通常致死的な低血糖は高インスリン血症により引き起こされる。しかし、 Sirt6 欠損マウスはむしろ血中のインスリンレベルは低く、低血糖に対する応答としてインスリン濃度が下がっている( Supl.Fig1 )。さらに、小腸からのグルコース吸収量や腎臓からの糖の再吸収に異常は見られなかった。そこで、血中のインスリンレベルとは独立して内因性の糖吸収が増加するかどうか調べるため、 glucose にラベルをして体内に吸収される様子を観察した。その結果、標識した glucose は KO でより素早く血中から消えた。また全身臓器の中で肝臓や脳での glucose 吸収は有意差がなかったが、 Muscle と Brown Adipose Tissue の両方で glucose uptake は増加していた。
そこで、次に Flow-cytometry を用いてノックアウトマウスの ES cell と MEF のグルコース uptake 量を 2-NBDG: fluorescent glucose analog (細胞に取り込まれて glucose uptake 量を定量化できる )を用いて計測した。その結果、 Sirt6 欠損マウスではグルコース投与から 1 時間後の吸収量は有意に増加していた。このことから Sirt6 欠損は cell-autonomous にグルコース吸収を上昇させることが分かった。さらに慢性的な SIRT6 欠損による適応の可能性を除外するため、 SIRT6 を急激に不活化させた細胞を樹立し、( tetracycline を投与することで SIRT6 を欠損できる) SIRT6 を急激に不活化した細胞株はコントロール群に比べて NBDG を用いて測定した glucose
uptake が増加した。 Sirt6 によるグルコース吸収の上昇が特異的であることを確認するため、 Sirt6 のノックアウトマウスから取ってきた ES 細胞と MEF に SIRT6 を再度発現させる実験を行って、グルコースの吸収が正常に戻るかどうかを実験した。
Fig.2A&B SIRT6 欠損細胞で glucose uptake が上昇することが、 glucose transporter の発現上昇と関連しているかどうかを調べるため、 ES 細胞と MEF において主となるグルコース transporter である GLUT1 に対する抗体で免疫染色を行った。 SIRT6
KO 細胞では GLUT1 が有意に発現上昇しており glucose uptake が増加していることと一致していた。
Fig.2C&D グルコースがどのように利用されているかを調べるため、解糖が亢進しているかどうかを lactate 産生量により測定した。 SIRT6
KO 細胞では WT よりも有意に ES 細胞および MEF で lactate 産生量が増加していた。このことから SIRT6 欠損細胞においてグルコースは主に解糖に利用され、ミトコンドリア呼吸は抑制されていることが分かった。これらを mass-spectrometry-based metabolic profiling により詳細に検討したところ、 106 個のグルコース代謝産物のうち TCA 回路の代謝産物を含む 22 個が SIRT6 KO 細胞で減少していた。 SIRT6 KO 細胞は WT よりもより飢餓状態( nutrient starvation )に適しているかどうかを調べるため、 ATP 産生量を測定したところ、低血糖培養液で ATP 産生量は SIRT6 KO 細胞で有意に上昇していた。
以上の結果より、 SIRT6 は低栄養 / 低酸素状態下で解糖系を亢進させ、ミトコンドリア呼吸を抑制する方向にスイッチさせることが示唆された。
Fig.3A
SIRT6 はクロマチンに結合し、 H3K9 脱アセチル化酵素として役割を果たすことが報告されていることから、 SIRT6 が代謝に関連する遺伝子群を制御することが予想されたため、 ES 細胞における SIRT6 KO 細胞および WT 細胞の microarray 解析を行った。これらの遺伝子群のうち、グルコース代謝の key となるいくつかの遺伝子について( Tpi,Pfk-1,Glut-1, Pdk1, Pdk4, Ldh ) RT-PCR により mRNA レベルの発現量を解析した。その結果、 SIRT6 欠損細胞においては解糖系に関連した遺伝子が多数発現上昇し、解糖系を亢進させていることが分かった。 Fig.3B さらにこれらの遺伝子において SIRT6 抗体を用いた ChIP を行い、 SIRT6 が結合していることを ChIP-PCR により確認した。また、 SIRT6 欠損細胞では H3K9 のアセチル化が亢進することを確認した (Fig.S3) 。さらに H3K9 アセチルによる ChIP で SIRT6 KO 細胞はこれらの遺伝子群のプロモーター領域において有意に H3K9acetyl が上昇していた。以上より SIRT6 は H3K9 の脱アセチル化を行うことでターゲット遺伝子の発現を抑制していることが示唆された。
Fig.3D これらの遺伝子群のうち、 Ldhb に着目し、詳細な ChIP
解析を行った。 RNA polymerase II 抗体、 5 番目 serine のリン酸化抗体( S5P-C
terminal domain ) ,2 番目 serine リン酸化抗体( S2P-CTD )、および H3K9acetyl 抗体を用いて Ldhb の遺伝子上の 8 か所で ChIP-PCR を行った。その結果、 Ldhb のプロモーター領域ではその他の遺伝子座よりも RNA PolymeraseII が低リン酸化状態で、 SIRT6 欠損細胞では RNAPII
CTD リン酸化が増加して転写が進められた。また、 RNAP
II は遺伝子上よりもプロモーター領域に多く集積し、 pausing していることが分かった。さらに 5 番目セリンのリン酸化は 5' 端に多く、特に SIRT6
KO 細胞で顕著であった。以上の ChIP-PCR による詳細な解析から SIRT6 は Ldhb のプロモーター領域に RNAPII がリクルートされたあとに転写を抑制すると考えられた。
Fig.4 SIRT6 欠損により解糖系が亢進し、 TCA サイクルが抑制され、低栄養および低酸素状態に適応した状態に変化する原因は HIF1α の働きであることを確かめるため、 SIRT6 共生株、 S6-HY(SIRT6 mutant: catalytic dead) 株に HIF1α の motif である HRE を結合させてレポーターアッセイを行った。 Luc 活性は HIF1 の活性を表し、 empty
vector を transfection して低栄養で 24 時間培養すると HRE が働き luc は上昇するが、 SIRT6 を cotransfection するとその活性は抑制される。しかし SIRT6 mutant 株( S6-HY )を cotransfection すると HIF1 活性は元に戻った。
HIF1α は normoglycemia 状態でも basal 活性が保たれることから、筆者らは SIRT6 が HIF1α に結合してその活性を制御していると仮定した。 Flag タグのついた SIRT6 を Myc タグのついた HIF1 に共発現させ、 Flag で免疫沈降させて myc 抗体でウエスタンブロッティングをさせると SIRT6 のバンドが、 Myc で IP を行い Flag 抗体で WB させると SIRT6 のバンドのみが検出された。また SIRT6 KO 細胞では HIF 抗体で IP しても SIRT6 は検出されなかった。
SIRT6 欠損細胞で HIF1α が上昇していることを確認し、通常の栄養状態では HIF1α に結合して解糖系関連の遺伝子の転写を抑制していることが示唆された。
また、 SIRT6 欠損細胞において HIF1α を抑制したとき、解糖系上昇のスイッチは完全に元に戻った。一方で insulin signaling と stress response の modulator である AKT や mTOR inhibitor はこの作用を持たなかった。このことから HIF1αpathway 特異的な作用と考えられる。
Fig.5A SIRT6 KO 細胞で HIF1α を特異的にノックダウンしたとき、グルコース uptake は完全に元に戻った。これは SIRT6 を欠損していない WT 細胞では見られなかった。 Fig.5B これらの HIF1 ノックダウン株でその下流の遺伝子の mRNA レベルをみると遺伝子発現量はほぼ WT 細胞株のレベルまでもとに戻っていた。これらの細胞で HIF1αSIRT6 のリクルートに必要であることを確かめるため、 SIRT6 抗体で ChIP を行い、 Ldhb 遺伝子のプロモーター領域で比較したところ、 HIF1 ノックダウン株では有意に SIRT6 のプロモーター領域での結合が低下していた。
Fig.6A SIRT6 が直接 HIF1α を制御しているかどうかを調べるため、 SIRT6KO 細胞での HIF1α の mRNA レベルを見たところ、有意な差は認められなかった。 HIF1α 自体がアセチル化されるということについては controversial であるが、本実験では in
vivo で HIF1α のアセチル化を検出することは SIRT6KO 細胞においてもできなかった。 SIRT6 が直接 HIF1α をアセチル化していない可能性が示唆された。
Fig.6B HIF1α の安定性については iron
chelator である塩化コバルトを投与してプロリルハイドロキシラーゼ活性を阻害し、 HIF1α が分解されるのを抑制されるが、 WT 細胞では顕著に HIF1α の蛋白レベルが上昇するのに対して、 SIRT6KO 細胞では塩化コバルトを投与してももともと HIF1α が安定化しているため、 HIF1α の蛋白レベルは変化しなかった。
Fig.6C HIF1α の合成が亢進しているかどうかを確かめるため、 HIF1α の 5'UTR を含むレポーターコンストラクトを利用して Luc アッセイを行った。 SIRT6KO 細胞では 5'UTR により luc 活性が顕著に上昇し、 transfection 後 6 時間で低酸素・低栄養培地に交換すると WT 細胞でも活性が上昇した。またタンパク合成の間に mRNA が結合しているポリソームの量を測定し、 SIRT6KO 細胞の HIF1α の転写率を見たところ、 SIRT6KO 細胞では有意に HIF1α の転写が促進していた。すなわち SIRT6KO 細胞では HIF1α の転写および安定性がともに増加していると考えられた。
Fig.7 in vivo で SIRT6 による glycolytic switch が起きるかどうかを観察した。
A.
WT と KO マウスの筋肉を採取し、特に解糖系で重要な PFK-1 と PDK1 抗体で蛋白レベルを検出した。特に WT マウスではほとんど発現していないが、 KO マウスでは顕著に発現しているのが認められた。また、 p53 のターゲットである TIGAR ( TPI1 )は glycolysis を抑制することが最近報告されたが、蛋白レベルで KO マウスで減少しているのを確認した。
B.
GLUT1 トランスポーターの発現を免疫染色で確認した。筋肉、脳ともに KO マウスで発現上昇している。
C.
血清中の Lactate 産生量は KO マウスで有意に上昇している。 HIF1α 抑制薬を SIRT6KO マウスに腹腔内投与し、 30 分後の血中グルコースを測定すると、 KO マウスでは顕著に血糖値が上昇した。
D.
提唱モデル:通常栄養状態では SIRT6 が解糖系遺伝子のプロモーター領域に HIF1α と結合して脱アセチル化するため、発現を抑制する。これにより TCA 回路にグルコースが入る。しかし、低栄養状態では SIRT6 が不活性化されるため、 HIF1α が活性化され p300 をリクルートしてプロモーター領域の H3K9 をアセチル化することで解糖系遺伝子の発現を上昇させ、解糖が進みミトコンドリア呼吸が減る。