2010年2月 9日

The histon deacetylase Sirt6 regulates glucose homeostasis via HIF1α.

The histon deacetylase Sirt6 regulates glucose homeostasis via HIF1α.

Lei Zhong, Raul Mostoslavsky, et al. Cell 2010 Jan 22, 140; 280-293

 

Sirt6NAD依存性脱アセチル化酵素群の1つで、代謝、ストレス応答、寿命などさまざまな生命活動に関与することが知られている。筆者らはSirt6欠損マウスが低血糖により早期に死亡することから、Sirt6H3K9の脱アセチル化を行うことにより解糖系に関与する複数の遺伝子群の発現を制御することを示した。特にSirt6HIF1αcorepressorとして機能している可能性を示し、Sirt6欠損マウスにおいてHIF1α活性が増加し、解糖系の遺伝子発現を上昇させることで高血糖にしていることを示した。

 

背景:そもそもSirt6silent information regulator 2homologであるSirt1-7familyの一因で、Sir2は代謝活性やDNA修復、recombination, life spanに関わるsirtuin familyの一つとして知られていた。2006年にMostoslavskySirt1-7のうち、Sirt6を欠損したマウスが正常に生まれたのち、生後3週令ころから急速に成長が止まり生後1カ月未満で死亡する劇的なphenotypeを呈することを報告した。特にSirt6欠損マウスは重度の代謝異常、IFG-1レベルの低下、低血糖、皮下脂肪の完全欠損、骨代謝異常などを呈し、DNA傷害や酸化ストレスに対する修復能力の低下などが報告されている。

その後もmichishitaらによりSIRT6はテロメアに局在し、ノックダウンにより急速な老化とテロメア依存性のgenomic instabilityを呈し、特にH3K9の脱アセチル化酵素として機能していることが2008Natureに報告された。さらに、昨年のCellKawaharaらはSIRT6NF-κBcorepressorとして働き、NF-κBのターゲット遺伝子のH3K9を脱アセチル化することによりNF-κB依存性のアポトーシスや老化を減少させることが報告されている。本研究では、Sirt6欠損マウスがどのような機序で低血糖を呈するのか、その分子機構メカニズムをHIF1αの働きを通じて解明した。

 

Fig.1

Sirt6欠損マウスは致死的な低血糖を呈するが、通常致死的な低血糖は高インスリン血症により引き起こされる。しかし、Sirt6欠損マウスはむしろ血中のインスリンレベルは低く、低血糖に対する応答としてインスリン濃度が下がっている(Supl.Fig1)。さらに、小腸からのグルコース吸収量や腎臓からの糖の再吸収に異常は見られなかった。そこで、血中のインスリンレベルとは独立して内因性の糖吸収が増加するかどうか調べるため、glucoseにラベルをして体内に吸収される様子を観察した。その結果、標識したglucoseKOでより素早く血中から消えた。また全身臓器の中で肝臓や脳でのglucose吸収は有意差がなかったが、MuscleBrown Adipose Tissueの両方でglucose uptakeは増加していた。

そこで、次にFlow-cytometryを用いてノックアウトマウスのES cell MEFのグルコースuptake量を 2-NBDG: fluorescent glucose analog(細胞に取り込まれてglucose uptake量を定量化できる )を用いて計測した。その結果、Sirt6欠損マウスではグルコース投与から1時間後の吸収量は有意に増加していた。このことからSirt6欠損はcell-autonomousにグルコース吸収を上昇させることが分かった。さらに慢性的なSIRT6欠損による適応の可能性を除外するため、SIRT6を急激に不活化させた細胞を樹立し、(tetracyclineを投与することでSIRT6を欠損できる)SIRT6を急激に不活化した細胞株はコントロール群に比べてNBDGを用いて測定したglucose uptakeが増加した。 Sirt6によるグルコース吸収の上昇が特異的であることを確認するため、Sirt6のノックアウトマウスから取ってきたES細胞とMEFSIRT6を再度発現させる実験を行って、グルコースの吸収が正常に戻るかどうかを実験した。

 

Fig.2A&B SIRT6欠損細胞でglucose uptakeが上昇することが、glucose transporterの発現上昇と関連しているかどうかを調べるため、ES細胞とMEFにおいて主となるグルコースtransporterであるGLUT1に対する抗体で免疫染色を行った。SIRT6 KO細胞ではGLUT1が有意に発現上昇しておりglucose uptakeが増加していることと一致していた。

Fig.2C&D グルコースがどのように利用されているかを調べるため、解糖が亢進しているかどうかをlactate産生量により測定した。SIRT6 KO細胞ではWTよりも有意にES細胞およびMEFlactate産生量が増加していた。このことからSIRT6欠損細胞においてグルコースは主に解糖に利用され、ミトコンドリア呼吸は抑制されていることが分かった。これらをmass-spectrometry-based metabolic profilingにより詳細に検討したところ、106個のグルコース代謝産物のうちTCA回路の代謝産物を含む22個がSIRT6 KO細胞で減少していた。SIRT6 KO細胞はWTよりもより飢餓状態(nutrient starvation)に適しているかどうかを調べるため、ATP産生量を測定したところ、低血糖培養液でATP産生量はSIRT6 KO細胞で有意に上昇していた。

以上の結果より、SIRT6は低栄養/低酸素状態下で解糖系を亢進させ、ミトコンドリア呼吸を抑制する方向にスイッチさせることが示唆された。

 

Fig.3A  SIRT6はクロマチンに結合し、H3K9脱アセチル化酵素として役割を果たすことが報告されていることから、SIRT6が代謝に関連する遺伝子群を制御することが予想されたため、ES細胞におけるSIRT6 KO細胞およびWT細胞のmicroarray解析を行った。これらの遺伝子群のうち、グルコース代謝のkeyとなるいくつかの遺伝子について(Tpi,Pfk-1,Glut-1, Pdk1, Pdk4, LdhRT-PCRによりmRNAレベルの発現量を解析した。その結果、SIRT6欠損細胞においては解糖系に関連した遺伝子が多数発現上昇し、解糖系を亢進させていることが分かった。Fig.3Bさらにこれらの遺伝子においてSIRT6抗体を用いたChIPを行い、SIRT6が結合していることをChIP-PCRにより確認した。また、SIRT6欠損細胞ではH3K9のアセチル化が亢進することを確認した(Fig.S3)。さらにH3K9アセチルによるChIPSIRT6 KO細胞はこれらの遺伝子群のプロモーター領域において有意にH3K9acetylが上昇していた。以上よりSIRT6H3K9の脱アセチル化を行うことでターゲット遺伝子の発現を抑制していることが示唆された。

 

Fig.3Dこれらの遺伝子群のうち、Ldhbに着目し、詳細なChIP 解析を行った。RNA polymerase II抗体、5番目serineのリン酸化抗体(S5P-C terminal domain,2番目serineリン酸化抗体(S2P-CTD)、およびH3K9acetyl抗体を用いてLdhbの遺伝子上の8か所でChIP-PCRを行った。その結果、Ldhbのプロモーター領域ではその他の遺伝子座よりもRNA PolymeraseIIが低リン酸化状態で、SIRT6欠損細胞ではRNAPII CTDリン酸化が増加して転写が進められた。また、RNAP IIは遺伝子上よりもプロモーター領域に多く集積し、pausingしていることが分かった。さらに5番目セリンのリン酸化は5'端に多く、特にSIRT6 KO細胞で顕著であった。以上のChIP-PCRによる詳細な解析からSIRT6Ldhbのプロモーター領域にRNAPIIがリクルートされたあとに転写を抑制すると考えられた。

 

Fig.4 SIRT6欠損により解糖系が亢進し、TCAサイクルが抑制され、低栄養および低酸素状態に適応した状態に変化する原因はHIF1αの働きであることを確かめるため、SIRT6共生株、S6-HY(SIRT6 mutant: catalytic dead)株にHIF1αmotifであるHREを結合させてレポーターアッセイを行った。Luc活性はHIF1の活性を表し、empty vectortransfectionして低栄養で24時間培養するとHREが働きlucは上昇するが、SIRT6cotransfectionするとその活性は抑制される。しかしSIRT6 mutant株(S6-HY)をcotransfectionするとHIF1活性は元に戻った。

HIF1αnormoglycemia状態でもbasal活性が保たれることから、筆者らはSIRT6HIF1αに結合してその活性を制御していると仮定した。FlagタグのついたSIRT6MycタグのついたHIF1に共発現させ、Flagで免疫沈降させてmyc抗体でウエスタンブロッティングをさせるとSIRT6のバンドが、MycIPを行いFlag抗体でWBさせるとSIRT6のバンドのみが検出された。またSIRT6 KO細胞ではHIF抗体でIPしてもSIRT6は検出されなかった。

SIRT6欠損細胞でHIF1αが上昇していることを確認し、通常の栄養状態ではHIF1αに結合して解糖系関連の遺伝子の転写を抑制していることが示唆された。

また、SIRT6欠損細胞においてHIF1αを抑制したとき、解糖系上昇のスイッチは完全に元に戻った。一方でinsulin signaling stress responsemodulatorであるAKTmTOR inhibitorはこの作用を持たなかった。このことからHIF1αpathway特異的な作用と考えられる。

 

Fig.5A SIRT6 KO細胞でHIF1αを特異的にノックダウンしたとき、グルコースuptakeは完全に元に戻った。これはSIRT6を欠損していないWT細胞では見られなかった。Fig.5BこれらのHIF1ノックダウン株でその下流の遺伝子のmRNAレベルをみると遺伝子発現量はほぼWT細胞株のレベルまでもとに戻っていた。これらの細胞でHIF1αSIRT6のリクルートに必要であることを確かめるため、SIRT6抗体でChIPを行い、Ldhb遺伝子のプロモーター領域で比較したところ、HIF1ノックダウン株では有意にSIRT6のプロモーター領域での結合が低下していた。

 

Fig.6A SIRT6が直接HIF1αを制御しているかどうかを調べるため、SIRT6KO細胞でのHIF1αmRNAレベルを見たところ、有意な差は認められなかった。HIF1α自体がアセチル化されるということについてはcontroversialであるが、本実験ではin vivoHIF1αのアセチル化を検出することはSIRT6KO細胞においてもできなかった。SIRT6が直接HIF1αをアセチル化していない可能性が示唆された。

Fig.6B HIF1αの安定性についてはiron chelatorである塩化コバルトを投与してプロリルハイドロキシラーゼ活性を阻害し、HIF1αが分解されるのを抑制されるが、WT細胞では顕著にHIF1αの蛋白レベルが上昇するのに対して、SIRT6KO細胞では塩化コバルトを投与してももともとHIF1αが安定化しているため、HIF1αの蛋白レベルは変化しなかった。

Fig.6C HIF1αの合成が亢進しているかどうかを確かめるため、HIF1α5'UTRを含むレポーターコンストラクトを利用してLucアッセイを行った。SIRT6KO細胞では5'UTRによりluc活性が顕著に上昇し、transfection6時間で低酸素・低栄養培地に交換するとWT細胞でも活性が上昇した。またタンパク合成の間にmRNAが結合しているポリソームの量を測定し、SIRT6KO細胞のHIF1αの転写率を見たところ、SIRT6KO細胞では有意にHIF1αの転写が促進していた。すなわちSIRT6KO細胞ではHIF1αの転写および安定性がともに増加していると考えられた。

 

Fig.7 in vivoSIRT6によるglycolytic switchが起きるかどうかを観察した。

A.    WTKOマウスの筋肉を採取し、特に解糖系で重要なPFK-1PDK1抗体で蛋白レベルを検出した。特にWTマウスではほとんど発現していないが、KOマウスでは顕著に発現しているのが認められた。また、p53のターゲットであるTIGARTPI1)はglycolysisを抑制することが最近報告されたが、蛋白レベルでKOマウスで減少しているのを確認した。

B.    GLUT1トランスポーターの発現を免疫染色で確認した。筋肉、脳ともにKOマウスで発現上昇している。

C.    血清中のLactate産生量はKOマウスで有意に上昇している。HIF1α抑制薬をSIRT6KOマウスに腹腔内投与し、30分後の血中グルコースを測定すると、KOマウスでは顕著に血糖値が上昇した。

D.    提唱モデル:通常栄養状態ではSIRT6が解糖系遺伝子のプロモーター領域にHIF1αと結合して脱アセチル化するため、発現を抑制する。これによりTCA回路にグルコースが入る。しかし、低栄養状態ではSIRT6が不活性化されるため、HIF1αが活性化されp300をリクルートしてプロモーター領域のH3K9をアセチル化することで解糖系遺伝子の発現を上昇させ、解糖が進みミトコンドリア呼吸が減る。