2011年11月 7日

Ras誘導性細胞老化におけるエピゲノム変化

細胞は癌の防御機構として、不可逆的な増殖停止である細胞老化という機構を持っている。新たな癌治療戦略の確立には、細胞が持っている癌防御機構を理解することが必須と考えられる。
 
 金田篤志准教授らは、がん遺伝子Rasが誘導する早期細胞老化におけるエピゲノム変化をゲノム網羅的に解析し、ヒストン活性化マーク・抑制マークの調和された変化により制御される重要なシグナルを同定、PLoS Genetics誌に報告した(3 Nov 2011)。
 
  今研究ではヒストン修飾変化をクロマチン免疫沈降(ChIP)-高速シーケンス(seq)、DNAメチル化変化をメチル化DNA免疫沈降 (MeDIP)-seq、遺伝子発現変化を発現アレイにてそれぞれ網羅的に解析した。細胞老化において発現上昇・低下した遺伝子は、いずれも分泌因子が有 意に濃縮しており、細胞の分泌蛋白環境変化が重要であることを示唆した。抑制マークであるヒストンH3K27me3マーク、活性マークである H3K4me3は、細胞老化の前後でダイナミックに変化した。H3K27me3を失うと同時にH3K4me3を獲得する遺伝子は著明に発現上昇し、その中 で最も発現上昇する分泌蛋白遺伝子がBmp2であった。逆に、新たにH3K27me3を獲得しH3K4me3を失う遺伝子は著明に発現低下し、Bmp2- Smad1シグナルの阻害因子であるNogとSmad6がその代表的因子であった。DNAメチル化変化はほとんどおきておらず、ヒストン修飾変化の重要性 が示唆された。細胞老化時はBmp2上昇、Nog低下、Smad6低下、それに伴うSmad1リン酸化が細胞老化に必須であることも示した。その下流標的 遺伝子をSmad1抗体を用いたChIP-seq解析で同定した。下流標的遺伝子はBmp2刺激で発現上昇するが、Smad6も標的遺伝子の一つであっ た。老化時のH3K27me3獲得は、Smad6によるネガティブフィードバックループを破綻させるなど老化に負に働く因子の抑制に働き、逆に H3K27me3を獲得しないSmad1標的遺伝子は、細胞老化時に発現上昇し、細胞増殖の抑制に働く因子を含むなど細胞老化に正に働いていて、エピゲノ ム変化が細胞老化の正負因子を制御していることが示唆された。

Atsushi Kaneda, Takanori Fujita, Motonobu Anai, Shogo Yamamoto, Genta Nagae, Masato Morikawa, Shingo Tsuji, Masanobu Oshima, Kohei Miyazono, Hiroyuki Aburatani.
Activation of Bmp2-Smad1 signal and its regulation by coordinated alteration of H3K27 trimethylation in Ras-induced senescence.
PLoS Genet. 7: e1002359, 2011.

 Journal web site