2011年6月16日

血管内皮細胞特異性を維持する因子の発見

このほど、東京大学先端科学技術研究センター(東京都目黒区駒場、中野義昭所長)の神吉康晴(かんき やすはる)特任研究員、南敬(みなみ たかし)特任 教授らの研究グループ(血管生物学分野・最先端次世代研究開発支援プロジェクト)は、転写因子GATA2が血管内皮細胞においてその性質維持に重要である こと、また同遺伝子の機能が失われると血管内皮細胞の一部が別の細胞に形質転換を起こすことを明らかにした。本内容は2011年6月10日付けでThe EMBO Journal (Nature Publishing Group)電子版に掲載された。


転写因子GATA2は、DNAに結合して遺伝子の発現、及び細胞の性質を制御する因子として知られている。GATA2がないマウスでは血管、血球の元にな る細胞が増殖できずに胎生早期に死亡することが従来から知られていた。一方で分化した先である血管内皮細胞でもGATA2は発現しているが、その機能は不 明であった。

そこで今回の研究では、まずGATA2に対する抗体を作成し、最先端技術である次世代シークエンサーを用いてGATA2の結合部位を全ゲノム上で明らかに した。また、血管の内皮細胞及び比較対象として用いた血球系細胞での解析より、GATA2は細胞ごとに異なる領域に結合すること、またその結合先はそれぞ れの細胞を特徴づける遺伝子であることを明らかにした(図1、2)。

図1 ChIP-seqにより確認された内在性GATA2のゲノムワイドな結合部位解析
図2 2種類の細胞における結合遺伝子の例。発現と結合が一致していることが分かる。

 次に両者の結合の違いが何に由来しているかを探索した。体中の細胞は同じDNAを持ちながら様々な細胞種に分化する過程、あるいは 分化した細胞が iPS 細胞にリセットされる過程においてエピゲノム修飾というものが重要であることが分かっている。エピゲノム修飾は、DNAそのものの修飾、DNAが巻き付い ているヒストンの修飾、ヒストンの集合体であるヌクレオソームの構造変化等が知られている。今回の研究では、ヒストン修飾の次世代シークエンサー解析か ら、GATA2の細胞種ごとの結合の違いは細胞種ごとに異なるヒストン修飾に規定されていることを見いだした。

さらに、次世代シークエンサー及び発現アレイを用いた網羅的解析から、血管内皮細胞におけるGATA2の新たな標的因子endomucinを同定した。 Endomucinは血管内皮細胞のマーカー遺伝子であり、GATA2と同様に血管新生に重要であることも今回新たに示した(図3)。本研究は、 GATA2-endomucinという制御が血管の基本的な性質にとって極めて重要であることを初めて示したものとなる。

図3 新規に発見したGATA2の標的内皮特異的遺伝子endomucinは血管新生に必須である

このendomucin遺伝子が血管内皮細胞特異的に発現するメカニズムとして、クロマチン立体構造を解析するChromatin Conformation Capture Assay (3Cアッセイ)を用いて、GATA2を介した新たな転写モデルを提唱した(図4)。

図4 EndMT概念図

上記で示された血管特異性とGATA2の関係に着目し、GATA2が血管の表現系及び機能に及ぼす影響を調べた。その結果、GATA2の発現が落ちると、 血管はその性質や機能を維持出来ないばかりか、一部の細胞が間葉系細胞に変化してしまうEndMT (Endothelial-Mesenchymal Transition)という現象が起こることを明らかにした(図5)。EndMTは悪性腫瘍転移を促す現象として最近注目されており、今回明らかになっ たGATA2の腫瘍内血管での解析を進めることで腫瘍転移に対する新たな治療戦略へと繋がることが期待される。

図5 endomucinの転写モデル図。内皮細胞でのみGATA2を介在しているクロマチン立体構造が存在する。

Yasuharu Kanki, Takahide Kohro, Shuying Jiang, Shuichi Tsutsumi, Imari Mimura, Jun-ichi Suehiro, Youichiro Wada, Yoshihiro Ohta, Sigeo Ihara, Hiroko Iwanari, Makoto Naito, Takao Hamakubo, Hiroyuki Aburatani, Tatsuhiko Kodama and Takashi Minami
Epigenetically coordinated GATA2 binding is necessary for endothelium-specific endomucin expression
The EMBO Journal advance online publication 10 June 2011; doi:10.1038/emboj.2011.173


PubMed

The EMBO Journal