2009年8月25日

抗原受容体の多様性を生み出すクロマチン構造変化

抗原受容体の多様性を生み出すクロマチン構造変化
Jhunjhunwala, Zelm, Peak & Murre Cell, 2009, vol 138 435

獲得免疫における多様性は、個々のリンパ球が単一の抗原受容体を発現することにより担われる。抗原受容体遺伝子は多数の領域にちらばった断片が、単一mRNAにアセンブルされて作られる。このアセンブルはエピゲノムマーキング、核内局在、クロマチントポロジーにより行われる。この総説では、離れたクロマチンの相互作用が、抗原受容体の多様性を生み出すメカニズムをまとめる。

イントロダクション
リンパ球はDreyerとBennettが1965年、細胞毎に特異な抗原受容体の遺伝子を組み替えにより、発現していることを発見した。遺伝子は
variable (V) → diversity (D) → joining (J) → constant (C)
をコードする領域からなる。この総説は3つの部分からなる。
第一にクロマチンの遠距離相互作用のポリマーサイエンス(高分子科学)
第二にエピゲノムマーキング、核内局在、クロマチントポロジーと組み替え、
第三に実際に抗原受容体の実際のトポロジーについて述べる。

<補足 添付のパワーポイント参照>
このレビューの著者のJhunjhuwalaは、Cellに本年、IgH領域のFISHでのクロマチン構造の変化の論文を書いているのでまずそれを紹介する。
IgH領域でFISHプローブを作り、クロマチンを標識した部位との距離を計ると、Pre-pro-B細胞から,pro-B細胞になるときにVDJ組み替えがおこる。その時に相対的な位置関係が近づく。これをさらに、J領域をプローブにみるとV領域の遠いほう(distal)が近い方(proximal)と同じような距離に近づくことがわかる。

クロマチン構造
図1は1970年代から80年代に電顕で報告されたクロマチントポロジーを示す。
Laemmliは、〜90kbpのループからなり、18ループで一つのロゼットを作り、100ロゼットで染色体を作るとした。最近の薄い切片の電顕では、60-130nm幅の部分が、30nm幅の部分で分断されているモデルを示している。

クロマチンの動力学
クロマチンは動いている。そこで図1のようなポリマー科学からのモデルが作られる。
1A 固定的なセグメントがあり、自由に曲がれるヒンジにより結合されており、自由に重なりうるモデル
1B 自由に曲がれるが、お互いに相互作用しにくいモデル
1C 連続的にフレキシブルなポリマーのモデル。酵母の実測値はこれに近い。
拘束条件がなかれば、輪郭の大きさ、引力と斥力、込み合い効果、繊維の本来の曲がりやすさによる。
1D 横田らのrandom walk/giant loop modelは、2-5mbpのループで拘束された、ランダムに動く鎖からなる。しかし、実際のゲノムマーカーの距離が1-2Mbp以下なので、1Mbp1Eのマルチループモデルが提唱された。さらに最近では、
1Eのループサイズが一定でないモデルが提案されている。

抗原受容体ローカスの構造 図2
2A  Bリンパ球では、免疫グロブリン重鎖の遺伝子座には、4つの領域が3Mbpに分布している。15の部分的に分散したV領域に,平均500塩基サイズの195VH断片をもつ。V領域の遺伝子密度は低く、時には50kBp の遺伝子間距離をもつ。V領域の下流には、10-13 DHと4つのJH領域、μ、δ、γ1、2、3など8つの抗体のサブタイプをきめるCH領域がある。
2Bと2C  軽鎖の遺伝子座には、Igκ領域またはIgλ領域がある。120のVκ遺伝子断片からなり、Jκクラスターと一つのCκからなる。Igκと比べてIgλは、それぞれのJとCがある。さらに2つのV領域Vλ1とVλ2のみが頻繁に使われる。Vλ2はJλ2の60kb下流にあり、他のJλとは組み替えないが、Vλ1は、Jλ1の22kbp上流にあり、Jλ1とJλ3と融合する。
T細胞受容体も驚くほど類似した構造をとる。

リンパ球の成熟と抗原受容体のアセンブリー

多分化能をもった幹細胞から、lymphoid-primed-multipotent progenitors (LMPPs)ができる。この細胞は、長期間の自己再生能を欠き、リンパ球系のみへの分化能をもつ。ここからpre-pro-Bリンパ球が生まれ、これがcomitted^pro-Bリンパ球、さらにpro-Bリンパ球になり、この段階でV(D)J遺伝子再編成が始まり、官僚する。RAG1およびRAG2によりV,D,J周辺の領域で切断がおこる。DHJH接合がVHDHJH再編成に先行する。ひとたびVHDHJH組み替えが完了するとpre-B細胞受容体が構成されて機能しだし、RAG1,RAG2の発現が抑制されて、Bリンパ球の生存と増殖がうながされる。この増殖拡大のあと、細胞周期から逸脱して、再度RAG1とRAG2の発現を促し、Igκの再編成をおこす。Pre-Bリンパ球段階で、IgκVJ遺伝子再編成が始まる。再編成が生産的でないか、Igκ欠損になると、B細胞はIgλ再編成を始める。自己反応性のB細胞を発現するB細胞は、RAG発現を続け、「受容体エディティング」とよばれる二次性のIgκ再構成をおこす。もし、2つのIgκアレルでのIgκ再構成がうまくいかない場合はIgλVJの再構成がおこる。こうして、IghとIgL鎖の再構成が連続的におこる。
 αβおよびγδT細胞の胸腺での分化も、T細胞受容体の再構成でおこる。
 片方のアレル毎の再構成を確実にするため、まずIgκ遺伝子座でモノアレルに活性化される。ついでIg重鎖のリアレンジ(再構成)がされ、有効な重鎖ができると、pre-B細胞受容体からのシグナルがフィードバックにより抑制され、ひとつの免疫グロブリン遺伝子だけが活性化される。

エピゲノムマーキングと抗原受容体遺伝子座のアセンブリー

Igκ遺伝子座は、VκJκの再構成の前にモノアレリックに脱メチル化される。3つの特徴的なエピゲノムマーキングが報告されている第一に、DHJH再構成の前二、DH-CH領域のヒストンがアセチル化される。第二に、DHJH再構成のおこらない領域では、アセチル化がみられない、第三に、Vh-DHJHのおこるIgH遺伝子座では、VH領域のヒストンのアセチル化上昇が持続している。DHJHの再構成時のアセチル化は主に、DHエレメントの3'および5'側でおこる。これらのエレメントは最もよく用いられる。まずDH-JHがアセチル化され、DHJH再構成がおこる。ついで、VHセグメントがアセチル化されてVHDHJH会合がおこる。
 H3K4me3とH3R2me2がRAG2のDNA結合とリコンビネースの活性をあげる。RAG2のPHDドメインが担う。
 PAX5はDHJHと近位のVH-DHJH再構成に必要である。VHDHJH再構成の前にH3K9の脱メチル化がPAX5依存的におこる。EZH2を欠失させたproB細胞では、VH-DH-JH再構成ができない。

核内のトポロジーと、免疫グロブリン遺伝子座の構成

IgH領域は、血液系では内側の核膜の近くになる。VH 領域のdistalクラスターは核膜にくくられている。DHJHエレメントは離れている。RAG1,RAG2がDH-JHドメインに接近しやすいと思われる。
 図3はアレル別の遺伝子座の位置変動の違いを示す。
 図3で青い2つがproB細胞、緑の2つが、preB細胞、赤いにが免疫B細胞。染色体の青は、V領域を示し、染色体の赤はD/J/Cを示す。暗い青の点は、pre-centromeric heterochromatinを示す。
 B細胞へのコミットメントとともにIgH領域は、nuclear peripheryから離れて、大規模な核凝集がおこりVH-DH-JH再構成をおこす。一度、VH-DH-JH再構成がおこるとその遺伝子座は脱凝集(decontraction)をおこす。例えば図3AのIgHで真ん中のlarge pre-B細胞の下側の染色体。もう一つの組み替えなかったIgH領域はpericentromeric ヘテロクロマチンに移動し、そこでIgκと相互作用する。
 この脱凝集は次の再構成を抑止するとともに、アレル排除の機構をなしている(片方のアレルのみがIgH鎖をうみだすように組み替えられるということ)。
 Igκの遺伝子座も同じようなメカニズムで制御される。Pre-pro-B細胞では図3A2段目右、核膜の結合しているが、pro-B細胞では、核の中央へ移動し、pre-B細胞になると1個のアレルは、pericentromericの抑制的なヘテロクロマチン領域にはいる。
 IRF4はIgκがヘテロクロマチンにならないようにしている。同じようにIkaros(Znフィンガー転写因子)はIgκの制御配列に結合し、sisとクロマチン因子と結合する。SisはIgκ遺伝子座がpericentromeric heterochromatinに局在するのに、かかわる。

TCRでも同じようなメカニズム(略)
順序だった抗原受容体遺伝子の再構成と、クロマチンテリトリー

 遺伝子の再構成は、DH-JHがまずおこり、次いで、V-DJ結合がおこる。一度IgH鎖が産生されると、アレル排除が働き、もう一つのアレルはサイレンスされる。ただし、このアレル排除はVH領域の最も近位の4つの領域はこのアレル排除をエスケープできる。
 VHのディスタルの制御配列をDHにいれてみて結果をみると、再構成はよくおこるが、アレル排除と、順番は保たれない。
 Nono-coding RNAはV領域プロモーターからDHJH再構成のあとに作られる。Pro-B細胞では、アンチセンスのnon-coding RNA がDHJH領域全体に作られる。重要であるがその正確な意味はよくわからないがクロマチン領域の性格決めにかかわっているのかもしれない。

物理的境界としてのクロマチンテリトリー

参照と添付パワーポイントで示したが、図4では3つの点 アンカーが緑で、2つのゲノム領域が赤と青で示されている。3者の関係が、解析されている。

IgH鎖領域の解析の結果

図2のmultiloop subcompartmentモデル(MLS)に近い形を示している。大体120kbpのループが60kbpのリンカーで離れている。

遠距離のクロマチン構造の決定因子

YY1とCTCFが知られている。
YY1はショウジョウバエからヒトまで保存されているジンクフィンガータンパクで、欠損するとVDJ組み替えがおかしくなる。CTCFはコヒーシンと相互作用しているが、IgH領域では53の結合場所が推定されている。しかしDH-JHとCH領域には存在しない。
53BP1 クロマチン因子 H2AX、H4K20、H3K79を介してDNA double strand break
にかかわるが、53BP1はホモオリゴマリゼーションで橋渡し因子として働くと考えられている。

DistalとProximalのVH領域の違い 組み替えのときに、接近するのはdistal、アレル排除がかかわるのもdistal.