2009年8月10日

ダウン症候群の腫瘍増殖抑制とカルシニューリン阻害因子DSCR1の役割

Down's syndrome suppression of tumour growth and the role of the calcineurin inhibitor DSCR1


ダウン症候群の患者では多くのタイプのガンの罹患率が有意に低く、この広範ながんに対する抵抗性は、1コピー余分に多い21番染色体上にある231個の遺伝子のうちの少なくとも1つが発現亢進することにより与えられていると考えられる。このような遺伝子の1つにDSCR1(Down's syndrome candidate region-1、RCAN1としても知られる)があり、血管内皮増殖因子(VEGF)による血管新生シグナルをカルシニューリン経路を介して抑制するタンパク質をコードしている。

今回我々は、DSCR1がダウン症候群患者の組織およびダウン症候群モデルマウスで増加していることを示す。
さらに、Dscr1遺伝子を1コピー導入することによる適度な発現の増加が、マウスにおいて腫瘍増殖を有意に抑制するのに十分であり、この抵抗性がカルシニューリン経路の抑制に起因する腫瘍血管新生が不足した結果であることを明らかにする。

我々はまた、DSCR1と別の21番染色体上の遺伝子Dyrk1aによるカルシニューリン活性の低下が、血管新生を顕著に抑制するのに十分であると考えられる根拠を示す。これらのデータは、ダウン症候群の患者においてがんの罹患率が低下するメカニズムを提唱し、カルシニューリン経路、その調節因子である DSCR1 と DYRK1a がヒトにおける多くのがんにおいて有望な治療標的になりえることを示唆している。

ボストン小児病院(米)、K-H Baek et al.
 
Down's syndrome suppression of tumour growth and the role of the calcineurin inhibitor DSCR1
Kwan-Hyuck Baek, Alexander Zaslavsky, Ryan C. Lynch, Carmella Britt, Yoshiaki Okada, Richard J. Siarey, M. William Lensch, In-Hyun Park, Sam S. Yoon, Takashi Minami, et al.
Nature. 2009 Jun 25;459(7250):1126-30. Epub 2009 May 20.
PubMed



ダウン症は21番染色体が健常人より一つ多く連なる(トリソミー)になることが原因の最も高頻度(1/700の確立)で生じる遺伝病である。
精神遅延や神経疾患への悪影響が知られている一方、これまでの疫学データからダウン症患者が固形がんにかかる率が著しく低く、かつ動脈硬化などの血管性疾患の危険性もとても低いことが示されてきていたがその原理が不明であった。

今回我々は21番染色体上に存在するダウン症候群関連遺伝子 (DSCR-1) が血管の異常を察知して発現亢進し、そして血管の炎症を防ぐ役割をもっていること、DSCR-1 がないマウスでは血管の防護ができず、敗血症などのショックを与えると早期に致死的になることを明らかにした。
 
The Journal of Clinical Investigation にて発表。

The Down syndrome critical region gene 1 short variant promoter directs vascular bed-specific gene expression during inflammation in mice
Takashi Minami, Kiichiro Yano, Mai Miura, Mika Kobayashi, Jun-ichi Suehiro, Patrick C. Reid, Takao Hamakubo, Sandra Ryeom, William C. Aird, and Tatsuhiko Kodama
Journal of Clinical Investigation (August 3. 2009)
PubMed