2009年6月10日

p16遺伝子領域でのCTCFの結合と遺伝子発現

Epigenetic Silencing of the p16INK4a Tumor Suppressor Is Associated with Loss of CTCF Binding and a Chromatin Boundary 

 (Molecular Cell 34, 271-284, May 15, 2009)

がん抑制遺伝子p16INK4aのエピジェネティックなサイレンシングは、CTCFの結合およびクロマチン境界の消失に関連している

 

Summary

がん抑制遺伝子p16INK4aは、ヒトの癌でしばしばエピジェネティックな不活化をうけるが、これは乳癌発がんの初期にみられる。われわれは、p16の異常サイレンシングの際に消失する上流のクロマチン境界の存在について述べる。多機能性タンパクであるCTCFがクロマチン境界付近に結合し、この結合の消失はさまざまながんでのp16のサイレンシングに強く関連していることを示す。さらに、CTCFの結合はRASSF1AやCDH1の活性化にも相関しており、メチル化やサイレンシングされたときには、このCTCFの相互作用は失われる。興味深いことに、p16がサイレンシングされた細胞では、CTCFのポリADPリボシル化と分子シャペロンNucleolinからの解離が起こっており、正常な機能が抑制されている。したがって、CTCF・ポリADPリボシル化・DNAメチル化の相互作用によって生じる局所的な領域のクロマチン境界の不安定化は、さまざまな癌におけるがん抑制遺伝子の不活性化や発がんのinitiationにかかわる一般的なメカニズムである。

 

Introduction

・           がん抑制遺伝子の転写抑制はヒトの癌でしばしばみられ、プロモーター領域のDNAの高メチル化や抑制性クロマチンのヒストン修飾などがあげられる。INK4の領域は、細胞増殖に重要な領域であり、癌においてDNAメチル化や染色体欠失によってしばしば不活化している。

・           エピジェネティックなメカニズムによるp16の機能的不活化については、まだ詳細がわかっていない。たとえば、RNAの発現レベルとDNAメチル化には明らかな関係が見られていない。p16発現を抑制するポリコーム複合体の構成タンパクBMI1やEZH2、SUZ12の発現との関係についてもはっきりしていない。

・           そこで、p16のプロモーター領域だけでなく、このINK4/ARFの染色体領域について解析を行った。p16の2kb上流にはクロマチン境界(chromosomal boundary)が存在しているが、p16を発現していない乳癌細胞ではこの境界が消失していた。この境界の3′側には、インスレータータンパクCTCFの認識領域があり、p16を発現している細胞でCTCFをknock downすると、プロモーター領域のエピジェネティックな変化とともに発現が抑制された。同様な現象は、RASSF1AやCDH1 (E-cadherin)でも検証され、CTCFの結合と発現抑制の強い相関が明らかとなった。

・ CTCFはポリADPリボシル化(PARlation)による翻訳後修飾を受ける。p16を発現していない細胞では、このポリADPリボシル化経路がみられず、coregulatorであるNucleolinとも解離していた。さらに、PARlationをchemicalで抑制したり、PARP-1をknockdownすると、p16やRASSF1A の発現が抑制された。

・ 以上より、CTCF・ポリADPリボシル化・DNAメチル化の相互作用によって生じる局所的な領域のクロマチン境界の不安定化は、さまざまな癌におけるがん抑制遺伝子の不活性化や発がんのinitiationにかかわる一般的なメカニズムであると考えられる。

Results

 

Figure 1.

(A)(B) p16発現乳癌細胞株(MDA-MB-435)および非発現細胞株 (T47D)を使用した。

(C)(D) p16発現乳癌細胞株(MDA-MB-435)では、p16のプロモーター領域の上流2kbまでが活性化型クロマチン修飾であり、その外側は抑制性クロマチン修飾状態にある。非発現細胞株 (T47D)では、プロモーター領域から上流にかけても抑制性クロマチン修飾状態にある。

 

Figure 2.

(A) p16の遺伝子発現は、プロモーター領域上流2kbへのCTCFの結合と関連している。

(B)(C) 他の細胞での検証でも、同様の結果を認める。

(D) Sp1の結合とは関連がみられない。

 

Figure 3.

(A) CTCFのshRNAによるノックダウンによりp16およびH19遺伝子の発現抑制がみられた。

(B) この領域では、活性化型修飾のH2A.Zが消失し、H4K20me1修飾が入った。

(C) 脱メチル化剤5AZAで処理すると、p16の発現が回復した。

(D) AZA処理後では、H3K4me3修飾がみられたが、CTCFの結合は見られなかった。

 

Figure 4.

(A) 各種細胞株間で、CTCFのリン酸化修飾は同程度である。

(B) CTCF, Topo IIα,Topo IIβ, PARP-1, Nucleophosmin, Nucleolinのタンパクの発現レベルは同程度である。

(C) Co-IPによる検証で、CTCFとTopo IIβやNucleophosminとの相互作用を認めた。PARP-1,との相互作用はMDA-MB-435のみにみられ、Nucleolinとの相互作用はT47Dのみでみられた。

(D) MDA-MB-435細胞では、CTCFおよびNucleolinのポリADPリボシル化を認めた。阻害剤3-ABAにて、この修飾は消失した。

(E) in vitro結合アッセイで、リコンビナントCTCFとPARP-1の複合体形成を確認した。CTCFはβ-NAD+依存的にポリADPリボシル化されてPARP-1が解離する。

(F) ポリADPリボシル化されたタンパクのウェスタンブロットを行うと、CTCFよりやや大きな分子量の2つのバンドをMDA-MB-435においてのみ認める。

 

Figure 5.

(A) MDA-MB-435では、p16のTSS1kb上流 の位置にCTCFの結合があり、ここにTopo IIβ, PARP-1が共局在している。T47Dでは、CTCFとTopo IIβの結合はなく、PARP1のみが結合している。

(B) MDA-MB-435では、上流1kbの位置にポリADPリボシル化を認めるが、T47DではさらにTSS付近にこの修飾が分布している。

 

Figure 5.

(C) 3-ABA処理により、p16やRASSF1Aの遺伝子発現が抑制された。

(D) PARP-1のknock downでも、同様にp16やRASSF1Aの遺伝子発現が抑制された。

 

Figure 6.

(A) 乳癌細胞株におけるCDH1, RASSF1A, RARβ2のmRNA発現レベル

(B) RASSF1AやCDH1の発現とも、CTCFの結合は関連している。

(C) RARβのプロモーター領域では、CTCFの結合はみられなかった。

 

Figure 7.

ポリADPリボシル化されたCTCFとそのコファクターが分離し、その結果、p16遺伝子の上流のクロマチン境界が不安定化して、隣接するヘテロクロマチンが広がることによってp16遺伝子のエピジェネティックな異常サイレンシングが生じる、というモデル

 

Discussion

・           PARP-1、NucleolinおよびNucleophosminは複合体として単離されたが、PARP-1とNucleolinは核マトリクスとクロマチンを結び付けるマトリクス・スキャフォールド結合領域と相互作用して、ゲノムDNAを形態的に離れた領域へと編成している。 ポリADPリボシル化されていないCTCFにはPARP-1が結合しており、Topo IIβやNucleophosminは結合しているが、Nucleolinは解離している。このような複合体では、p16遺伝子領域の境界を形成するには十分ではない。ポリADPリボシル化のような翻訳後修飾やコファクターとの相互作用が失われることで、p16領域のCTCF結合の消失や遺伝子発現抑制に至る可能性がある。

・           脱メチル化剤AZA処理 でp16の非発現細胞で発現回復を認める。Me3H3K4修飾の増加とMe3H3K9の減少はみられるが、CTCFの結合やH2A.Zの集合はみられない。臨床に応用されているAZAやHDAC阻害剤との併用などでは、ヒストンコードやCTCFの結合などを完全に戻して、がん抑制遺伝子の発現を長期的にわたって回復させるには不十分なのかもしれない。

 (永江)