2009年6月10日

FoxA1

FoxA1 Translates Epigenetic Signatures into Enhancer-Driven Linegane-Specific Transcription

Cell 132, 958-970, 2008

 

 

<背景>

FoxA1 (別名HNF3α)は肺、腎臓、膵臓、肝臓、前立腺、乳腺等の発生に重要な転写因子である。

上記組織の腫瘍においてFoxA1の発現は上昇しているが、特に前立腺癌、ERα-positiveな乳癌において発現が高い。

 

乳癌においてはFoxA1の発現はendocrine therapyへの感受性と相関しており、FoxA1の発現の高いERα-positive乳癌の方が予後が良い。

前立腺癌においてはAR (Androgen Receptor)と相互作用することでARの標的遺伝子の制御に関与している。

 

<本研究の目的>

つまり、FoxA1は異なる細胞で異なる転写制御ネットワークに関与しているが、その詳細な分子機構は不明である。

そこで、2種類の細胞を用いてERα, FoxA1, H3K4me3, H3K4me1のChIP-chipを行い転写制御機構の解明を試みた。

 

<Fig.1>

A:MCF7細胞においてFoxA1 ,ERαでChIP-chipを行った。FDR1%で結合箇所を探索したところ、FoxA1は12,904箇所、ERαは5,782箇所あった。両者の共通箇所は2,623箇所であった。

B:上記結合箇所のうち、機能的に意味のあるものをさぐるために、結合箇所のうちTSSから20kb以内にあるものに関してE2刺激前後での解析を行った。E2 (Estrogen)刺激に対して発現の上昇する遺伝子、減少する遺伝子に関してFoxA1, ERαの結合箇所に差があるかどうかを調べた。E2 up-regulated genesに関しては両転写因子の共通遺伝子、E2 down-regulated genesに関してはFoxA1 unipue遺伝子と共通遺伝子に関してE2刺激前と刺激後とで有意差があった。つまり、ERα-positive乳癌細胞においてはFoxA1, ERα両者が結合する箇所は機能的に重要であると推測される。

C:Primary Breast Tumorsで以前行われた遺伝子解析とmergeを行った。FoxA1関連遺伝子と報告されているものは今回の解析でも有意差があった。

 

<Fig.2>

A:乳がんのcell lineであるMCF7細胞と前立腺がんのcell lineであるLNCaP細胞とでFoxA1の結合を比較した。染色体8,11,12番を調べたところ、図のような分布となり、proximal promoter以外の結合(enhancerと考えられる)が多かった

B:両細胞でFDR1%での結合サイトを調べると、MCF7細胞では2034か所、LNCaP細胞では2753か所あった。両者に共通の部分は855か所あった。

C:それぞれの腫瘍においてFoxA1結合サイトを3タイプ(MCF7 only, both, LNCaP only)に分けて調べた。すると、乳がんではMCF7 only sitesのみが、前立腺がんはLNCaP only sitesのみが、FoxA1関連遺伝子と非関連遺伝子とで有意差があった。

 

<Fig.3>

A:3タイプの結合サイトに関してFoxA1のbinding sitesの周辺400bpの領域にERE (Estrogen response element)とARE (Androgen receptor element)があるかどうかを調べた。その結果、MCF7 only sitesにはEREが、LNCaP細胞にはAREが有意に多かった。

B:MCF細胞におけるERα、FoxA1のChIP-chip、LNCaP細胞におけるAR, FoxA1のChIP-chip dataを調べた。MCF7細胞におけるERα結合箇所717か所のうち、FoxA1と重なるのは381か所、LNCaP細胞におけるAR結合箇所822か所のうちFoxA1と重なるのは512か所あった。これら381か所と512か所はほとんど重ならなかった。つまり、両細胞においてERα、ARは重要な因子であり、その結合の半分近くがFoxA1と重なっていることからもFoxA1は細胞特異的な転写制御ネットワークに重要な役割を果たすことが予想される。しかも、細胞によってFoxA1結合領域は重ならないことから、よりこのモデルの重要性が支持される。

C:MCF7細胞、LNCaP細胞においてE2-regulated genesとDHT-regulated genesをそれぞれ調べた。するとregulated genesとnon-regulated genesとで有意差があったのはERα/FoxA1 overlapping sites in MCF7とAR/FoxA1 overlapping sites in LNCaPだけであった。このことからもこのoverlapping sitesは両細胞の遺伝子発現制御ネットワークにおいて重要なことが示唆される。

 

<Fig.4>

A:FoxA1のcistromeを決定している因子は何か、を調べるために結合サイトのmotif解析を行った。MCF7 only, both, LNCaP onlyとで結合配列に差はなかった。

B~G(ChIP-qPCR):結合サイトのepigenetic markを調べた。MCF7細胞におけるLNCaP only sitesに関してはH3K4me1, H3K4me2が濃縮率が低く、H3K9me2の濃縮率が高かった。逆もまた同様。従って、FoxA1はMCF7細胞においてはH3K9me2が低く、H3K4me1とH3K4me2が高いregionにrecruitされている。LNCaP細胞においても同様。

H:MCF7細胞におけるChIP-chip dataでepigenetic markを解析した。上記ChIP-qPCRと同様にMCF7細胞におけるLNCaP only sitesのH3K4me2は濃縮率が低かった。また、FoxA1 recognition motifのうち、実際にFoxA1が結合している個所と結合していない個所とでH3K4me2の濃縮率を比較したところ、unbound regionの方がH3K4me2の濃縮率は低かった。

 

<Fig.5>

A:FoxA1のcistromeにERαが関与しているかどうかを調べた。ERαのsi RNAとLUCのsiRNA (Control)とでFoxA1のChIPでの濃縮を比較すると(ChIP-qPCR)、変化がなかった。従って、FoxA1のcistromeにはERαは関与していない。

B:FoxA1をsiRNAによりノックダウンした際にDNaseI hypersensitivity sitesが変化するかどうかを調べた。結果、MCF7細胞におけるLNCaP only, LNCaP細胞におけるMCF7 only箇所はhypersensitivity sitesは変化がなかったが、その他は変化していた。

C:それぞれの細胞においてFoxA1をノックダウンした際のH3K4me1とH3K4me2が変化するかどうかを調べた。MCF7細胞ではK4meには変化がなかった。LNCaP細胞ではK4me1はFoxA1をノックダウンすると上昇する結果となった。これは、FoxA1がH3K4のメチル化を促すモデルではなく、H3K4meが入っている場所にFoxA1がrecruitされるモデルを支持する結果である

D~E:E2刺激によって発現が上昇する遺伝子(CCDN1)と減少する遺伝子(BIK)に関してFoxA1をノックダウンした際の発現及びH3K4のメチル化状態を解析した(ChIP-qPCR)。すると、両遺伝子共にFoxA1をノックダウンすると発現が減少するが、K4のメチル化状態は変化しなかった。つまり、FoxA1の有無はH3K4me状態に影響を与えない。

 

<Fig.6>

A~D:KDM1(H3K4のdemethylase)を強制発現した際のepigenetic markおよびFoxA1のcistromeを解析した(ChIP-qPCR)。KDM1を強制発現すると、H3K4me2は減少し(A)、H3K9me2は変化がない(C)。また、タンパクレベルでKDM1を強制発現してもFoxA1には影響を与えない(D)。にもかかわらず、KDM1を強制発現するとFoxA1のrecruitは顕著に抑制される(B)

E:LNCaP細胞、MCF7細胞においてホルモン応答性遺伝子のepigenetic markとERα、FoxA1等のcistromeを調べた。例えばMCF7細胞においてE2 regulated genesの一つであるNAT10はLNCaP細胞ではH3K9me2が入っており、MCF7細胞ではERα、FoxA1、H3K4me2がrecruitされているが、KDM1を強制発現するとH3K4me2の濃縮は解除される。

 

<Fig.7>

まとめ

2つの異なる細胞においてFoxA1はpioneer factorとして働いていると考えられる。H3K4me2が入っている場所にFoxA1はrecruitされ、H3K9me2が入っている場所にはrecruitされない。E2やDHTといった刺激が加わった時に、FoxA1が既に入っている場所はenhancerとして働き、遺伝子の発現制御を行う。細胞特異的なFoxA1のcistromeを決定しているのはepigenetic markである。

 

<結論>

  • genome-wideにFoxA1のCistromeを解析した結果、FoxA1の細胞特異的な機能はrecruitされる場所によって決まることが示された。また、Proximal Promoterよりはdistant enhancerの方がはるかに結合箇所が多かった。
  • cell lineage-specificな転写因子と協同してFoxA1は機能していることが示された
  • FoxA1のcistromeはH3K4me2の分布によって決定されていることが示された。
  • つまり、FoxA1のようなpioneer factorは細胞のepigenetic markと細胞特異的な遺伝子発現制御メカニズムとを繋いでいると考えられる。
(神吉)