2009年4月23日

WSTFによるTyr142のリン酸化

昨日の油谷先生の質問されたコンスティテューティブにリン酸化されているH2AX142のリン酸化のAllisらの論文を紹介します。

 

H2AXのC末端にまつわる新たな知見:WSTFによるTyr142のリン酸化
WSTF regulates the H2A.X DNA damage response via a novel tyrosine kinase activity.
Xiao, A., Li, H., Shechter, D., Ahn, S.H., Fabrizio, L.A., Erdjument-Bromage, H., Ishibe-Murakami, S., Wang, B., Tempst, P., Hofmann, K., Patel, D.J., Elledge, S.J. and Allis, C.D. Nature 457, 57-62 (2009)

 ヒストンH2Aのバリアントの1つであるH2AXはC末端に約20アミノ酸の特徴的な配列を持つ。この中でC末端から4番目に当たるSer139 がDNA損傷に応答してATM、ATRあるいはDNA-PKcsによってリン酸化を受けることが知られ、10年来DNA損傷マーカーとして頻用されている。また、このSer139がリン酸化されると、MDC1をはじめとした DNA修復、細胞周期チェックポイント関連分子が集積してくることが知られている。しかし、Ser139およびリン酸化コンセンサス配列を規定する Gln140に加え、最もC末端にあるTyr142も保存されている (下)。
ヒト、マウスなど: SQEY
ショウジョウバエ:SQAY
ツメガエル:SQEY/SQEF
出芽酵母:SQEL
このTyr142については、リン酸化されたSer139とともにMDC1との結合に重要であることが示されている。しかし、それだけか?

 本論文は、このTyr142がリン酸化を受ける可能性を検討することから始まっている。まず、常法に従い、H2AXのTyr142に対するリン酸化状態特異的抗体を作製し、Western blottingにより、この部位がin vivoでリン酸化されていることを確かめた。 Tyr142のリン酸化はSer139のリン酸化とは対照的で、非照射細胞でも見られ、放射線照射後に時間とともに減少した。
このTyr142をリン酸化する酵素は何か? 著者らは、まずH2AXの結合分子の探索を行った。材料としては、H2AXノックアウトマウスの線維芽細胞に正常および Tyr142をPheに代えたH2AXを導入した細胞を用いた。この細胞を核抽出した後の残渣をMicrococcal Nucleaseで処理してヌクレオソームを可溶性画分に移行させ、免疫沈降により、H2AXと結合分子群とともに単離した。この画分で顕著に見られた 170kDaと140kDaのバンドについて質量分析を行うと、WSTF (Williams-Beuren syndrome transcription factor; 別名BAZ1B)とSNF2H (別名SMARCA5)であった。これらは、クロマチン・リモデリングに関わると考えられているWICH複合体(WSTF-ISWI ATP-dependent chromatin-remodeling complex)の成分である。なお、他のISWI成分であるCHRAC15、CHRAC17などとH2AXの結合は認められなかった。次に、WSTFに対するshRNA (short hairpin RNA)を発現する細胞(WSTFノックダウン細胞)を作製したところ、H2AX Tyr142リン酸化の減少が見られた。そこで、昆虫細胞を用いてWSTFを発現、精製したところ、Mn2+イオン存在下でTyr142リン酸化活性が認められた。WSTFは既知のタンパク質リン酸化酵素とは全く相同性を示さないが、N末端の345アミノ酸の領域にチロシンリン酸化活性を有することが明らかになった。その中で、Cys338が活性に必要であることが分かった。
WSTFによるH2AX制御の生理的意義は何か? 放射線照射後の H2AXのSer139のリン酸化をまずWestern Blottingで調べたところ、コントロール細胞では16時間までリン酸化はほとんど減少しなかったが、WSTFノックダウン細胞では1時間をピークに急激に減少した。蛍光免疫染色法で観察すると、コントロール細胞では、最初に多数の小さなフォーカスができ、その後、少数の大きなフォーカスになっていくが、WSTFノックダウン細胞では、最初の小さなフォーカスはできるが、それから大きくならず、消失していく。WSTFノックダウン細胞では、また、 MDC1やSer1981リン酸化ATMのフォーカスが顕著に減少していた。更に、WSTFノックダウン細胞にWSTFのキナーゼドメインを発現させると Ser1981リン酸化ATMのフォーカス形成が回復したが、リン酸化活性を欠損する(Cys338をAlaに置換した)変異体では回復しなかった。これらのことから、WSTFによるH2AXのTyr142のリン酸化が、MDC1、ATMを介したSer139のリン酸化状態の維持に重要であることが示された。

 この論文は2つの大きな新しい成果をもたらした。一つは、真核生物、特に高等動物で高度に保存されているH2AXのTyr142の新しい存在意義を見いだしたこと、もう一つは、既知のものと全く相同性を有しない新しいタイプのチロシンキナーゼを見いだしたことである。それと同時に、新しい問題も提示した。一つ目に関しては、Tyr142のリン酸化の意義について更なる詳細な解析が待たれる。Tyr142のリン酸化は、Ser139のリン酸化とは逆に、DNA損傷に応答して減少する。平常時にこそリン酸化されていることにどういう意味があるのか? それでなぜSer139のリン酸化が起こりやすくなるのか? また、脱リン酸化はどのようにして起こるか? その意義は何か? そして、二つ目に関しては、WSTFにはH2AX以外の基質があるか? また、現在、ヒトゲノム中に500余種類のプロテインキナーゼが存在することが知られているが、ひょっとするとその数が幾分、あるいは大幅に増えることがあるかも知れない。

(児玉)