2009年3月31日

カノニカルWnt/β-cateninシグナルは、核内受容体COUP-TFIIを介してエピジェネティックにPPARγを抑制し脂肪細胞分化を制御している

--- Wnt蛋白が脂肪細胞分化を抑制機構の転写シグナルとエピゲノム解析---

Wnt/β-cateninシグナルによる脂肪細胞分化制御の動作原理の一端を明らかにし、3月23日版のProc Natl Acad Sci U S Aのオンライン版に掲載されました。

脂肪細胞は、栄養摂取と栄養消費などの代謝変動に対応し、過剰な栄養分を脂肪としてエネルギーを貯蔵する重要な組織です。エネルギーバランスが崩れ、脂肪組織への過度な脂肪蓄積は肥満や生活習慣病を引き起こします。
脂肪細胞分化の過程においてWntシグナルは強力な分化抑制シグナルであることが知られています。Wntは細胞外分泌蛋白で脂肪分化を抑制する一方、骨分化促進には促進的な役割を担います。実際Wnt受容体であるLRP5の遺伝子異常による機能低下は個体レベルで骨密度の低下を引き起こします。しかし、Wntが脂肪細胞分化を抑制する分子メカニズムはこれまで明らかではありませんでした。
私たちは、細胞外分泌蛋白であるWntが脂肪細胞分化を抑制するメカニズムをトランスクリプトーム解析とChIP on Chipを融合させたシステム生物学的な方法で解析を試みました。脂肪細胞分化のモデル細胞である3T3L1細胞でのトランスクリプトーム解析からWntは核内受容体の一つであるCOUP-TFIIを強く誘導すること、そしてこの細胞でのβカテニンのChIP on ChipからCOUP-TFIIがWnt/βカテニンの直接の標的遺伝子であることをまず明らかに致しました。βカテニンはWntがLRP5に結合すると細胞質にある核蛋白TCF7L2と核内で複合体を形成して転写活性化能を示す蛋白です。COUP-TFIIの3T3L1への強制発現は脂肪細胞の分化を抑制し、逆にRNA干渉によるCOUP-TFIIの発現を低下させると脂肪細胞に分化しやすくなりました。
さらにCOUP-TFIIが脂肪細胞分化を制御するメカニズムを解析するためにCOUP-TFII 抗体を用いてChIP on Chipを行いました。その結果、COUP-TFII は脂肪細胞分化のマスターレギュレータであるPPARγ遺伝子の開始コドンを含むエキソンのすぐあとのイントロンに結合することを見いだしました。さらに、COUP-TFIIによる脂肪細胞分化の抑制がヒストン脱アセチル化酵素の複合体の1つであるSMRTをRNAi干渉で発現低下を抑制することを見いだし、COUP-TFII がヒストン脱アセチル化酵素複合体とPPARγ遺伝子上で複合体を形成し、PPARγ遺伝子を脱アセチル化することで発現をサイレンシングし、脂肪細胞分化を制御する一連のメカニズムを明らかにしました。

COUP-TFII acts downstream of Wnt/β-catenin signal to silence PPARγ gene expression and repress adipogenesis.
Okamura M, Kudo H, Wakabayashi K, Tanaka T, Nonaka A, Uchida A, Tsutsumi S, Sakakibara I, Naito M, Osborne TF, Hamakubo T, Ito S, Aburatani H, Yanagisawa M, Kodama T, Sakai J.
Proc Natl Acad Sci U S A. in press (2009).
PubMed